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盗っちゃう魔王さま

 普通、いくら品の悪い酒場でも乱闘騒ぎが起これば警察なりなんなりが動く。

 その騒ぎのせいで死人が出ているのであれば猶更のことだ。

 仮に誰も通報しない。

 あるいは誰も通報できないような状態となっていたとしても、自動で通報を行うようなプログラムが警備システム上に組まれているはずであった。


「拙いですよアイン! すぐにここから離れなくては!」


 いかにシオンが貴族でも、それは魔族の国でのことであって、今いる場所は人族の国だ。

 その身分などは尊重されるのかもしれないが、サタニエル王国内程は配慮してくれないはずである。

 ましてその身が、凄惨な殺人現場にあったとすれば、人族の官憲は何のためらいもなくシオン達の身柄を拘束し、最寄りの警察署までしょっ引いたはずだ。

 しかし、慌てるシオンが想像していたような状況がやってくることはなく、妙なことになったとシオンが首を傾げる。


「何故?」


 かなり大きな音を立てていたはずだ。

 他の客が悲鳴を上げて逃げ惑うような事態となっていたとしても全く不思議ではない。

 だと言うのに、個室の外は静かなものであった。

 と言うか、静かすぎる感じすらする。


「まさかアイン。色々面倒なことになりそうだからと私の知らない方法で店内を皆殺しにしてしまったのでは……」


「なんでそうなる?」


 心外だ、と言うように不機嫌な声でアインが突っ込みを入れた。

 その左手は仲介人の頭をわしづかみにしているのだが、指や手の甲の上を小さく細い紫電が走っており、それが仲介人の体に伝わるたびに、びくりびくりとその体が痙攣をおこしている。


「だって、静かすぎやしませんか?」


 ほんのわずかな時間で十人近い人間が死んだのだ。

 もっと騒ぎになっていないとおかしいというシオンへ、アインは片手で仲介人の体を持ち上げたままさらっと答えた。


「寝ているだけだ」


「寝てる!?」


「変に騒がれても面倒だからな。建物の中にいる奴らは全員眠らせた」


 いつの間にと驚くシオンなのだが、店内の警備システムが生きていれば、人が眠っていたとしても自動で通報されるはずだと思い出し、それを指摘しようとして天井でバチバチと火花を上げているカメラらしき代物を目にして慌てて口を閉じた。


「昔も人族は脆い生き物だったが、今でもそれは変わらないのだな」


 シオンの様子には構わず、仲介人の頭部に電撃を食らわせていたアインが呆れたように言う。


「精神防壁なんか紙のようだ。書き換えも記憶の抽出も、簡単極まりない」


 吐き捨てるようにそう言ったアインは、仲介人の頭から手を放す。

 強力なアイアンクローから解放された仲介人はふらふらと体を前後に揺らしながらその場に立った。


「これでよし。日常生活には色々と差しさわりがあるだろうが、数日もてばこちらの用件を済ますのには十分だからな」


「大丈夫なんですか、それ」


「問題ない。こちらの指示には絶対服従するように設定してある。何なら試してみてくれてもいいぞ?」


 何か命令してみろとアインに促されて、シオンはポケットから小型の端末を取り出すと仲介人へ渡す。


「貴方のメインバンクから、こちらが指定する口座へ、中身の九割を送金してください」


 いきなりそれをやらせるのかと驚くアインが見守る中、仲介人はうつろな表情のまま、ためらいもなく端末を操作し始め、しばらくしてから確認してみろとばかりに小型端末をシオンへと差し出した。


「これは、すごいですね」


「それは効果のことか? それとも送金された金額のことか?」


 受け取った小型端末を操作し、結果を確認したシオンが感嘆の声を上げたのに対し、アインが冷静に突っ込む。

 シオンはさらに端末を操作しながら、それは当然両方ですと答えた。


「貯めこみすぎですよこの人。思ってた以上の臨時収入です。ホテルのランクを二つか三つ上げても全然平気なくらいもらえました」


「何故、全額を振り込ませなかったんだ?」


 どうせ奪うのであれば、仲介人が持っているだけ全てを差し出させればいいのにと思うアインへシオンが言う。


「全額を引き上げると、この仲介人と関係のある人達に何事かあったのではないかと警戒されてしまいかねませんから」


 それ故にメインバンクは一割残し。

 そしておそらくは存在するのであろうサブのバンクや裏金っぽいものには手をつけないのだとシオンは言う。

 金の切れ目が縁の切れ目、とは昔から言い続けられている話で、仲介人の口座残高がゼロになってしまえば、どこでどのような破綻が生じるか分かったものではない。


「口座は拙いかもしれないが、隠し財産のような奴はさすがにノーマークなんじゃないか?」


 口座はどうしても取引が記録に残ってしまうが、何かしらの価値がある現物を隠し持っていれば、そちらは他者にバレない可能性が高い。

 まして奴隷売買の仲介人などと言うリスクが高く、不安定な生業をしているのだから、人に言わない私財の一つや二つはあると考える方が自然であった。


「それは……回収のし甲斐がありそうな話ですね」


「いくらかこちらに回せよ? 奴隷を購入する資金はいくらあっても困らないんだからな」


 アインの私財である程度の数は揃えられるはずではあったが、奴隷の単価が上がったり、商人に袖の下を要求されたりするかもしれないことを考えれば、用意する金額は多ければ多い程いい。


「後は店の客が自然に覚醒してくる前にここを離れるだけだな」


「死体の処理はどうします?」


 残していけばすぐに発見され、事件へ発展するであろうことは容易に想像することができる。

 仲介人をどうこうする前に、そういう物の処理業者などを知らないか聞くべきだったなと思うシオンの目の前から、転がっていた死体が忽然と消えた。


「え? 一体何が?」


「使い道は分からないが、何かしらの糧なり素材なりに使えるだろう」


 自分がやったということを伝えるようにアインがそう言ったのだが、魔王が考える人族の死体の利用方法とは一体どのようなものであるのか、知りたいような知りたくないようなシオンである。


「とりあえず、金目の物を回収してから売買会場へと向かうとしますか」


 考え始めると怖いことになりそうで、シオンはこの件に関しては考えることを止めると仲介人に移動を指示し、仲介人は無表情のまま指示された通りに移動を開始するのであった。

面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。

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