怒った?魔王さま
部屋の準備や荷解きをクロワールに一任し、アインとシオンはエントランスへ降りるとまた無人タクシーを呼び出し、シオンが目的地を入力して乗り込む。
行き先をアインは聞いていない。
奴隷売買の仲介人の所だとは聞いているが、具体的にどこへ行くのかについては全く知らないのだ。
「奴隷売買の仲介人などに、よく伝手があったな?」
シオンがと言うよりはノワール家自体がそう言った薄暗い話からは縁遠いイメージがあり、意外だと言うアインにシオンは首を横に振る。
「伝手があったわけではないです。うちはそう言う所と関係を持ったことが今までに全くありませんでしたので」
「それならどうやって?」
全く縁のない者が急に用意できるような伝手でもないだろうにと思うアインへシオンは説明する。
「貴族を相手にしている者は大概耳が早いですから。シオン・ノワールが奴隷売買に興味を持っているという情報が流れれば、相手の方からこちらに接触してくるというものです」
「相手の素性は大丈夫なのか?」
シオンの言い方からするに、相手は金の匂いに釣られてやってきたような輩である。
仕事を頼むに足る相手なのか怪しいものだと考えるアインにシオンはにっこりと笑って言い放った。
「その辺りは見極めて頂けないものかと」
完全にアインへ丸投げしている台詞ではあるのだが、アインは特に気を悪くしたような様子もなくいいだろうと頷く。
そもそもシオンに奴隷を扱うような人間の品定めをしろと言ってもそれは無理難題でしかない。
いくらシオンが貴族でも、これまで全く無関係であった分野の者を見極めろというのは、それを要求する方が酷い。
サーヤならばこなした話なのかもしれないが、サーヤはノワール領で留守番中である。
それならば元々奴隷を必要とし、惑星ゲルドへ行くことを決めたアイン自身が見極めを行うというのは至極当然な流れであった。
もちろんアインも今に至るまで、奴隷などと言う存在とは無縁であったのだが、そこは魔王の力をもってすれば、どうとでもなりそうではある。
「と言うか、どうとでもしてしまうわけなんだがな」
話としては現場に到着してからわずか数分で終了してしまった。
アイン達が来たのは歓楽街の一画にある酒場で、仲介人はそこの個室にいたのだが、アイン達が店に到着してその個室へと通される時にトラブルが発生したのである。
部屋に通される時、当然のように武器の類の持ち込みは許されず、さらに仲介人のボディガードによるボディチェックが行された。
黒服を着て、そのレンズ部分に様々な情報などを映し出すことができるサングラス仕様のスマートグラスをつけた屈強な男が二人、それを行おうとしたのだが、アインはともかくシオンに関してが問題だったのである。
客が女性と分かっているならば、同性のボディガードを用意しておけとアインは思ったのだが、あろうことかこの屈強な男の片方が正面から、シオンの胸を目掛けて両手を突き出し、鷲掴みにしようとしかけたのだ。
これに対し、シオンは商談のことも考えてぎりぎりの所で出かかっていた拳を押さえたのだが、傍らにいたアインが流れるように自然に、ボディガードの男の顔面に拳を二発叩き込み、あっさりと意識を失って前のめりに倒れこんでくる男の顎を蹴り上げて、天井に突き刺してしまったのである。
「貴様、何を……」
仲間の体がぶらぶらと天井から吊り下げられて揺れているのを見たもう一人が、黒服の内ポケットへと手を突っ込む。
おそらくはその中に仕込んであった銃なりナイフなりを取り出そうとしたのだろうが、その行動は魔王相手にはあまりにも遅すぎた。
一人を完全に行動不能へと追い込んだ時点で敵対行動をとってしまったと認識したアインがもう一人の敵を見逃すはずなどないのだ。
かくしてその一人は、アインに服を掴まれるとズダ袋のようにぶん投げられて壁へと激突。
大きな凹みと赤いシミを作る材料へとなり果ててしまった。
そんなものには見向きもせずに、アインはボディガード達が守っていた扉を蹴り開けて室内へと足を踏み入れる。
途端に待ち構えていた他のボディガード達がこれでもかとばかりに光弾や銃弾の類をアインめがけて撃ち込んできた。
何もしていなければ、侵入者を瞬く間に蜂の巣にしたであろうそれらの攻撃も、アインの前では全く通用しない。
全てがアインの体へ届く前に空中で弾けて四散する中、アインは慌てる様子もなく部屋の入口からじろりと部屋の中を見回した。
そして小太りで禿げ頭の、指輪やらネックレスやらをじゃらじゃらと身に着けた、いかにも悪そうな中年男性を見つける。
「お前が奴隷売買の仲介人だな?」
アインの問いかけに対してその男はぶるぶると震えるばかりで答えようとしない。
しかしその男だけが他の者達とは違った格好をしているので、目的の人物と見て間違いないだろうとアインは判断する。
「他は余計だな」
それはボディガード達にとって、確定してしまった死刑宣告であった。
逃げるなり抗うなり、本来ならばするべき所ではあったのだろうがアインと目を合わせた瞬間にそんな考えは消し飛んでしまい、ボディガード達はただその場に膝から崩れ落ち、目から涙を溢れさせる。
「少々雑にはなるが、それなりの量は確保できそうだ。そう言うわけだからお前達、その魂を糧として俺に捧げろ」
あっさりと、中年男性を除いたボディガード達が、全身から力が抜けて床へばたばたと倒れこんでいく。
「殺してしまったんですか?」
アインの背後からそっと部屋の中を覗き込むシオンにアインは頷く。
「所謂エナジードレインと言う奴だな。魔力へ転化させて吸い殺した」
「それって、魔王城がなくとも実は魔力が作れてしまうのでは?」
「効率が悪すぎる。魔力を消費して魔力を得るんだぞ? 魔王城なら適当に放り込んでおくだけで最大限搾り取ってくれる」
「なるほど」
「つまりはただ殺すだけよりはややマシといった程度だな。さて……」
アインの目が一人取り残された中年男性の方へ向けられる。
その体中のあらゆる所から色々なものが漏れ出てしまっている様子は悲惨の一言に尽きた。
「こいつを使えるようにするか」
それが仲介人がこの世で聞いた最後の言葉となったのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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