呼ばれる魔王さま
タクシーに乗って揺られることしばし。
窓から見える景色はまだ日も高いというのに、その日の光を圧倒しかねない強さで光っている電光の看板や、あまり趣味がいいとは思えないけばけばしい酒場に出入りする人の群れ。
それから巨大なショーケースの中で、肌もあらわな衣装に身を包み、道行く人々に媚びた目を向ける若い男女の姿などだ。
歓楽惑星と呼ばれている惑星ゲルドの主要産業は所謂風俗関係であり、街一つが丸ごとそれに従事しているような状態なのだとシオンが言う。
「よく成立しているな?」
「それだけ金周りがいいんですよ」
主要産業以外はほぼ全てが外部委託や輸入に頼っている星なのだが、それを可能にするだけの資金を持っている。
「人は風俗関係にはたっぷりとお金を落とすのデス」
「それは昔から変わらんのな」
「飲む、打つ、買うで実を持ち崩した阿呆が、借金まみれで人生転落するのが日常茶飯事なんだそーデス」
「それも変わらんな」
「ちなみに大半が整形されて性風俗か、バラバラにされて医療現場行きデス」
「それは……昔から比べるとだいぶ話が変わったな」
二千年前にはそんな整形技術など存在してはおらず、人を部品ごとにバラして移植手術などの材料にするような医療技術も当然存在していなかった。
しかし今では、ちょっと体をいじくれば美男美女どころか性転換まで可能であり、他人の体を移植したとしても、拒絶反応は薬で十割抑えることができてしまう。
「怖い時代になったもんだ」
「人の良さそうなご婦人を、鬼のよーなメイドに仕立てた方のお言葉とはとても思えないのデス」
「誰のことだ?」
「私に心当たりはないデス」
言外に、名前を言えば告げ口をするぞと匂わせるアインに、口が滑ったとばかりにクロワールがそっぽを向く。
そんなやり取りをしつつ進んだ車は、しばらくして一軒のホテルへ到着した。
停車したタクシーから降りたアインは眼前にそびえ立っている高層建築を見上げ、屋上が見えないことに呆れる。
「いくらなんでも高すぎるだろう」
「なんとかと煙は高い所が好きなんだそうですから、仕方がないですね」
無人のタクシーにカードで支払いをしつつ、シオンがそう答えるとアインは上を見上げたまま尋ねる。
「まさかその流れで、高層階の部屋を取っていたりはしないよな?」
「資金的に無理です。百階から上って一泊一千万クレジット以上するんですよ」
「どんな部屋に泊まればそんなことになるんだ?」
荷物は予め送ってあるのでアイン達は手ぶらのままタクシーから離れ、ホテルのエントランスへ向かう。
魔王が宿泊するのだからとシオンはそれなりのレベルのホテルを予約したようで、建物自体もその装飾も、きらびやかで金がかかっているのが一目で分かる。
ただアインの目には、見栄えばかり気にした実のない飾りで、品がいいとはとても言えないような代物であった。
「魔王城に泊めてやってもそんな金額にはならないと思うんだがな」
「一室でなく、フロア丸ごと借りる値段ですから」
「フロア……?」
フロアと言うからには階層一つを借り切るということなのだろうが、そんな広さを必要とする程の人数が宿泊するのだろうかと首を傾げるアイン。
「主に自己主張とセキュリティ上の問題、と言えばご理解頂けマスでしょうか?」
アインの反応にこれは実情を理解されていないなとクロワールが補足すれば、それでアインはようやく納得がいった。
要は金持ちならば、みみっちく一部屋借りるようなことはせずに派手に一フロアを借り切ってしまうべきだという風潮があるということに加えて、一室だけ借りてしまうとその左右の部屋で何が行われているのか分かったものではないという警備上の観点から、できる限り広く余裕を持った借り方をするべきだ、ということである。
つまりはそう言うことを気にしなければならないような人物ばかりが利用するようなホテルだということだ。
「それって百階以下でも結構な値段がついたんじゃないか?」
ホテルの受付で必要な書類に記入をし、端末を操作しながらカードを読み取り機に差し込みつつシオンは苦笑する。
「数百万クレジット、というところです」
「一泊でか?」
思わずアインは魔王城をホテルとして開放するという考えを頭の中で軽く検討してしまう。
広さも格式も十分であろうし、腕利きのメイドが何人も常駐しているのだ。
今いるホテルの半値くらいで設定しても、大儲けができるのではないだろうか。
「陛下。何を考えているのかなんとなく分かりマスが。人を呼び込むような何かがなければ宿泊客自体が来ないデスよ」
「作ればいいだろう?」
「作れるのデスか?」
惑星ゲルドを例として挙げるのであれば、歓楽街が人を呼び込む要素となっているのだが、魔王が作り出すような人を呼び込む何かとは一体どのようなものになるというのか。
想像しようとして想像力が拒否反応を示し、渋い顔になるクロワールにアインはにやりと笑って問いかける。
「知りたいか?」
「いえ、止めておきマス」
ここは大人しく引いておくべき所だろうと首を横に振るクロワール。
ちょうどそのタイミングでシオンがチェックインの作業を終えたらしく、アイン達に声をかけ、三人は上階へ向かうエレベーターへ乗り込む。
相当いい代物を使っているのか、体に揺れなどを感じさせることもなく、アイン達は目的地へ到着。
「七十五階を一フロア、貸し切りました」
エレベーターから出た先は、一フロアがほとんど吹き抜けになっており、何に使うんだとアインが思わずたじろぐくらいに飾り立てられたソファやベッドが備えつけられている。
「荷解きはお任せくだサイ」
「一人で大丈夫ですか?」
「問題ありまセン」
丁寧に深々とお辞儀して見せるクロワールを見てからシオンはアインに言う。
「では私達は、一休みしてから仲介人との面会を行いましょう」
「俺が人族に呼びつけられるとはなぁ」
世が世なら、絶対にありえないことだと笑うアインにシオンは、それは自分も笑うべきネタなのか。あるいは不遜な人族に対して怒りを示さなければならないところなのか判断しかねて複雑な表情となるのであった。
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