実は、な子爵さま
二度の歪曲点間航法により、航宙艦魔王城は人族の国である超銀河聖皇帝国へと入国する。
途中、トラブルらしきトラブルはなかったのだが一回だけ、帝国側の入国管理官が魔王城の形状があまりにも禍々しいのを見て、警告のようなものを通信で送ってきたことがあった。
しかし、航宙艦の形状についてこうではなくてはならないといった法律は存在しておらず、アイン達はこれを完全に無視している。
「感覚がマヒしてました」
「どういう意味だそれは?」
「見慣れてしまったので、他の人がこの航宙艦を見たらどう思うか、という考え方がすっぽりと頭の中から抜け落ちてしまっていました」
真顔でシオンにそう言われてしまっては、アインとしては何も言えなくなる。
「艦名は予め、変更しておいてよかったデス」
形状はともかくとして魔王城などと馬鹿正直に名乗っていた場合、どのようなトラブルに見舞われたか分かったものではない。
そこはサーヤとクロワールが先に手を回していて、現在の魔王城三号艦は試作艦三号という名称になっており、航行目的は習熟運転を兼ねた旅行と言うことになっていた。
「それで、惑星ゲルドというのは?」
「もう一回跳びます。跳んだ先から通常航行で二日ほど移動すれば到着です」
「遠いな……」
「全行程を通常航行にしますと、アインがもうひと眠りしても到着しない距離ですから」
相当短縮されているんですよと語るシオンなのだが、その表情には疲れ以外の陰りが見えた。
「何か問題でもあったか?」
「いえ、特にはなにも。ただ、やっぱり高いなと思いまして」
シオンが気にしていたのは歪曲点の通行料であった。
二点間を結ぶこの歪曲点は維持にかなりのコストがかかる代物で、当然そのコストは通行料に反映される。
航宙艦自体の運航コストと併せて、シオンにとってはかなり痛い出費になっていた。
「魔力の補充が終わったら。どこか適当な不毛の惑星でも一つ、完全にバラしてやろうか?」
惑星一つ分の資源を魔王城でもって精製してやれば、かなりの量が見込めるはずであり、寂しいシオンの懐もそれなりに潤うのではないかとアインは考える。
「惑星はちょっと……なくなってしまうと重力バランスとか色々問題が」
「では小惑星帯の掃除だな」
惑星一つには劣るだろうが、それでもかなりの収入が見込めるはずであった。
何せ、精製コストはほぼゼロなのだから、入手できた資源分がそのままほぼ儲けになる。
「そっちはお願いしたいですね」
「分かった。任せておけ」
さらりと簡単そうに会話しているのだが、近くで話を聞いていたクロワールは今のやり取りだけで、ノワール領内の小惑星帯が一つ消えることが決まってしまったことに小さく乾いた笑いを漏らす。
宙域図を作っている会社はきっとびっくりするであろうが、他人事であるのでクロワールとしては全く気にならないが、規模の大きすぎる会話はちょっと危ない存在に触れてしまったことで、頭のねじがダース単位で抜けかけたか抜けてしまっているクロワールとしても少しばかり肝が冷える。
そんな会話をしつつ順調に航行を続けたアイン達は、ちょうど予定通りの日数を消化して惑星ゲルドへ到着したのだった。
衛星軌道上にあるステーションに魔王城を接弦させ、乗組員に待機を命じると、アイン達は魔王城からステーションを経て、惑星ゲルドへと降りる連絡艇に乗り込む。
途中、入星手続きなどがあり、これは主にシオンが処理したのだが、ほとんど顔パスに近い感じで通り抜けられたことをアインは疑問に思う。
「緩すぎやしないか?」
今回、同行者はシオンの他にはクロワールがついているだけで、シオンが手続き中となると自然と会話相手はクロワールということになる。
「何がデス?」
「手続きだ。普通はもっと慎重に調べたりするんじゃないか?」
アインは魔王であり、出国や入国の手続きに詳しいわけではなかったが、漠然としたイメージとしてそういうものはとにかく、細かくて時間がかかり、面倒なものだとばかり思っていた。
これは当然理由があり、そのあたりの事情は二千年経とうが変わっていないのではとアインは思っていたのだが、どうやら違うらしい。
「シオン様はサタニエル王国の子爵サマデス。身元がこれ以上ないくらいにはっきりしていマスので、調べるトコがナイのデス」
確かに貴族と言う身分は国が保証しているものであり、これ以上なくはっきりしているものであるということは確かだ。
「しかし、他国だろ?」
自国の貴族ならばともかく、他国の貴族という身分がそれ程重要視されるものだろうかと首をかしげるアイン。
「ノワール子爵家は特別なのデス」
「何故?」
「サタニエル王家最古の家だからデス。血筋だけなら実は王家より上デス」
古くから脈々と受け継がれてきた血統と言うものは、それだけで価値を持つことがある。
しかもノワール子爵家は途中にあやふやな所など一切なく、はっきりと血統が証明されている稀な貴族なのだ。
その扱いはサタニエル王家に準ずることも珍しくないというクロワールに、アインは疑わし気な目を向けた。
「その割に、周辺の貴族からは舐められてなかったか?」
「新興貴族はえてして、古い血統に敬意をはらわない傾向があるのデス」
望めば本来ならば中央の大貴族の椅子すら得られていたはずの家柄なのだと、クロワールはその薄い胸を張った。
「あと、人族は何故か古い物をやたらとありがたがる傾向がある種族なのデス」
「なるほど」
それはアインにも心当たりがあった。
確かに人族は古くからあるものに妙な敬意を抱いたりする。
形骸化しているしょうもないものでも、古くからあるのだからと理由をつけて尊んだりするのだ。
「もう一つは惑星ゲルド自体が少々よろしくない星なので、セキュリティがダダ甘なのも理由の一つデス」
「よろしくない?」
「歓楽惑星の別名があるデス」
奴隷を扱っているような場所であるし、とても行儀がいい場所であるとは言えない。
血筋云々よりもそっちの方の理由でチェックがずさんなだけなのではないか、と思うアインだったが、それは言っても仕方のないことであるのでただ黙り込むのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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