跳んでく魔王さま
歪曲点間航法とやらはアインも初めて経験するものである。
ほんの数時間で数千光年以上の距離を移動できる航法だと聞かされて、アインの期待は否が応でも高まっていったのだが、経験してみればそれは実に期待外れの経験であった。
「計器類が全てブラックアウトするというのは、つまらんな」
歪曲点間を航行している時。
航宙艦は既存の宇宙とは別の空間を進んでいる、と考えられている。
考えられているというのはこの現象について、内部からも外部からも、何の観測もできないからだ。
歪曲点に触れた瞬間から、外部から見るとその航宙艦は姿を消してしまい、航宙艦内部からは全てのセンサーやカメラがブラックアウトしてしまい、完全な目隠し状態となってしまうのである。
「物理法則の違う空間を航行していると考えられていますので、既存空間用のカメラやセンサーが動かなくなるのだとか」
シオンがアインの前に合成品のコーヒーが入った紙コップを置く。
いつのまにやら淹れてくれていたらしいそれを手に取って、アインは立ち上る香りを嗅ぐ。
「いい香りなんだがなぁ」
「合成技術の賜物ですね」
コーヒー豆が流通していないわけではないのだが、天然物はとにかく高い。
あまり豊かとはいえない子爵家の財布では、ちょっと手が出ないような値段がついている。
「少し融通してやろうか?」
子爵家は裕福ではないのだが、魔王であるアインの懐は実は結構温かい。
これは航宙艦魔王城の拡張のために、スペースデブリやら小惑星やらを集めては分解し、貴金属やレアメタル、触媒の類を市場へ流しているせいだ。
大量に一気に流し込んでしまえば、どこから目をつけられるか分かったものではない。
故にサーヤをトップとしたメイド部隊の一班は、あちこちの市場の価格や取引量を調査し、大きく値段が動くことのないように注意して在庫を処分し、利益を得ている。
その利益の額が、相当な金額になっているのだ。
これにはきちんと理由がある。
普通にプラントを立ち上げ、アインと同じようなことをしてみても、サーヤが上げている利益額ほどには儲からない。
そればかりか、下手すると損の方向へいってしまう可能性まである。
「あの商売はある意味、ズルですよ」
少し恨めしそうにシオンが言うのは、アインが行っている商いにはコストがほとんどかかっていないということであった。
何せスペースデブリだろうが小惑星だろうが隕石だろうが、手当たり次第に分解の魔術が構築されている術式陣に放り込めば、勝手にバラバラに分解してくれるし、そこから流れ作業で物質の種類ごとに精製、再構築してくれるまでが魔術により自動化されているのだ。
これにより、コストはほぼ魔力のみと言うとても低コストな資源回収システムが出来上がっていて、魔王城の倉庫に貴金属やレアメタルが積まれていくのである。
これを相場か、相場より少し下くらいの値段で市場へ流すのだから儲からないわけがない。
しかもその物資や資金を扱っているのはあのサーヤなのだ。
失敗する気配が全くないままに、アインの資産は着々と数字を増やしていっていたのである。
「持っている技術を使っているだけだ。何もズルいことはしていない」
「それはそうですけど」
「無利子無担保で十億くらいならぽんと貸してやれるが?」
「それはとても魅力的な話ですが……」
子爵領全体の予算額からしてみれば、大した金額ではないのだが、無利子無担保で貸してくれる金額としては法外な数字だ。
シオンとしては借りれるものなら借りてしまいたいところではあるのだが、そうもいかない事情があった。
「アイン、今回の話はアインの資産あっての話です。私の方は全てきちんと片付いた後で、まだ余裕がありそうならお願いします」
今回、惑星ゲルドへ行く理由。
それは超銀河聖皇帝国にいまだ残っている奴隷制度を活用し、使い捨て扱いされるレベルの奴隷を大量に確保しようということであった。
そのために、アインが持っている資金が必要であり、どのくらい使うことになるのか分からない現状で、アインの資金を目減りさせるようなことはできない。
「魔王城三号艦のカーゴは全て空っぽにしてあります。道中それなりの苦労を奴隷に強いることにはなるのでしょうが、一万人くらいは確保したいところですね」
全員立った状態でぎっしりと詰め込むことになるのだろうが、一応棚なども使えばそれくらいの人数を運ぶことができるはずであった。
ただし、乗り心地は最悪になるはずである。
もっともアイン達の目的からすれば、一号艦の魔力炉に生きた状態で放り込めれば事足りるので、死ななければいいかくらいにしか考えていない。
「三号艦に魔力炉があれば、そのまま突っ込んでやったんだがなぁ」
分割したばかりの三号艦には魔力炉がなく、一号艦には魔力炉はあったものの航行能力が発現していなかった。
それならば二号艦を持ってくればよかったのではないかと思うかもしれないが、アインとシオンが不在なノワール領を防衛するためにと、サーヤの乗艦として貸し与えていたので使えなかったのだ。
「買うのはいいんだが、持ち帰って違法扱いされたりしないのか?」
人族の国では合法でも、魔族の国では違法扱いなのが奴隷である。
持ち帰って没収されたりでもしたらたまらないと思いつつアインが言うと、シオンが自信たっぷりに頷く。
「奴隷の中に魔族がいれば解放を求められますが、他種族に関しては全く問題ありません」
「魔族の奴隷もいるのか?」
まさか自分からなりに行く変わり者じゃないだろうなと驚くアインにシオンは言った。
「たまに、世間知らずの子息、令嬢辺りが騙されて売り飛ばされたりしてるみたいです」
「全く阿呆だな」
「えぇ、まぁいい所の子なら解放した後に口止め料がもらえますから。ボーナスキャラみたいなものですね」
魔族の一員ともあろう者が、人族に騙されて奴隷として売られてしまうなど相当に恥ずかしい話だ。
そんなことが周囲に知られてしまったらとてもまともに生きていくことなどできるはずもなく、そうならないためには余程の高額な口止め料を支払ってくれるのだろうと考えると、狙って探してみてもいいのではないかと思ってしまうアインであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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