断念する魔王さま
宇宙は広く、人類の生息域はそれに比べると本当に狭い範囲にひしめきあって暮らしていると言える。
その狭い領域の中で、種族の違いによる縄張り争いは行われており、現在その領域は大きく分けて四つに分類されていた。
広さだけを論じるのであれば、最も広い領域を支配していることになっているのは人族と呼ばれる種族だ。
取り立てて特筆することのない人間の集まりであり、個人の寿命はおおよそ百年から百数十年くらい。
体を機械化したりすることで二百に届かないくらいの年月を生きる者もあるが、人類圏における共通法の中で、人として認められるためには脳は生身でなければならないという決まりごとがあるせいで、二百を越えて生きる個体は存在していない種族だ。
つまり、脳の限界がちょうどその辺りで来てしまうのである。
人族に次いで広い領域を持っているのが獣人族だが、この二つの種族が広い領域を持つに至った理由は単純に、数が多いからだ。
人族は他に追随を許さない繁殖速度を持ち、獣人族はとにかく種類が多い。
何せ体の一部に何らかの獣の特徴を持ってさえいれば、獣人族に分類される上に、魔族以外の全ての種族と交わっても必ず生まれてくるのは獣人族なのだから、とにかく増えまくる。
ただ、それ以上に増える人族は何か種としてバグっているのではないか、と言われたりもしているのだが。
逆にとにかく増えないせいで領域が狭いのがエルフやドワーフ達であった。
こちらはとにかく子供を作ろうとしない種族で、エルフもドワーフも種族として長寿であることがそれに拍車をかけている。
ドワーフは二百から三百年。
エルフに至っては五百年以上という長い人生の中で、出生率が一以下というありさまであり、増えるどころか緩やかに人口が減少していたりする。
ちなみに、作れないというわけではなく作らないというのが正しいようなのだが、これには色々と理由があるらしい。
もっともエルフもドワーフも、この理由については頑なに口を閉ざし、他の種族には語ろうとはしないため、現在までに判明している情報は皆無だ。
「それがどうかしたのか?」
四つの種族の中では領土も中くらいならば人口の増え方も中くらいという、よく言えば安定している、悪く言えば取り立てて見るべきところもないという動きをしている魔族。
その魔族の中でシオン・ノワール子爵領と言われる領域の、シオン・ノワール子爵その人が暮らす館の一室で。
子爵の婚約者にして、二千年前には魔王として魔族に君臨していたが、急に飽きたせいで眠りに入り、今日まで眠りこけていたという経歴を持つ魔王アインは、ソファの上から執務机に座るシオンへと問いかけた。
「いえ、ちょっと前にアインが人族の国にちょっかいをかけようと考えたじゃないですか」
ちょっかいとは少々控えめな表現だなとアインはソファの背もたれに体を預けながら思う。
実際は、人族の国の住民を適当に連れ去ってきて、とある目的のために使ってしまおうと考えたのだ。
そのとある目的とは、生物の命や感情から魔力を搾り取ると言うかなり邪悪な代物である。
ただ、邪悪は邪悪なのだが、アインにとっては死活問題だと言える話なのだ。
それは二千年前とは違い、魔力が認識されず、魔術が忘れ去られてしまった現代においては二千年前には大気にたっぷりと含まれていた魔力が全くなくなっていたのである。
魔王として超常の力を振るうことができるアインではあるのだが、魔力がなくてはその力も十全に使うことができない。
アインの周囲の状況が、平穏無事で事もなしという感じであれば、それ程大量の魔力を必要とはしなかったのかもしれないが、お世辞にもアインを取り巻く環境は平穏とは言えないものであった。
周辺貴族が攻めてきたり、惑星アウターなる星にとてつもなく危険そうな何かの気配があったりと、そう言った事態に対応するためにアインは潤沢な魔力というものを必要としている。
その材料として必要なものが生きた人間であり、現在はノワール子爵領内における犯罪者を主に使用しているのだが、あまりにも数が足りないということで、どこかで数を調達する必要があり、その調達先としてアインが目をつけたのが人族の国だったというわけだった。
「それがどうかしたか?」
まさか今更、仏心なりなんなりを持ち出してきて、止めましょうとでも言うつもりなのかと訝しがるアインにシオンは真顔でこう告げた。
「よく考えてみますと、我々の国って人族の国と直接は接してないんですよ」
各種族の勢力圏を無理やり平面上に落とし込むと、形としては四葉のクローバーのようになるとシオンは言う。
その葉の一枚を魔族の国であるサタニエル王国だとするならば、その左右の葉がエルフとドワーフの連合国と獣人族の金獅子帝国となり、その向こう側が人族の国である超銀河聖皇帝国となるのだ。
「何度聞いてもダサいな。外交官が可哀そうになる」
何かと国名を名乗る必要があるだろう外交官は事あるごとにこの帝国の名前を名乗らなければならないのだ。
我が身にそれを置き換えて考えてみれば、背中に嫌な冷たさを感じてしまうアインである。
「他はどうだか知りませんが、王都に駐在している外交官はやたらと誇らしげにその名前を名乗るんだそうですよ」
「正気か!?」
魔王すら敬遠したいと思う行為を堂々と誇らしげにやると言うのだ。
ある意味それは魔王を超越したと言えなくもない行為だが、そんなことでいいのならばいくらでも好きなだけ越えて行ってくれればいいと思うアインである。
それはともかく、シオンの言うように確かにサタニエル王国は人族の国と隣接している部分がない。
「ちなみに中央は四国共通の緩衝地帯で不可侵です」
「それは……手の出しようがないな」
連合国や金獅子帝国を大きく迂回して行くこともできなくはないが、時間と費用がすさまじいことになる。
と言うより、寿命が尽きても目的に到着しない場合まで考えられてしまう。
「しかもうち自体が王国の辺境地域にありますので、さらに遠いです」
「それはもうどうしようもないな」
いかに魔王と言えども、物理的に立ちふさがる距離の問題はどうすることもできない。
世界は本当に広くなってしまったのだなと呆れ果てるアインであった。
再開しました。
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