吸われていた魔王さま
「図々しいことは承知の上で、、もう一つお許し願いたいことがあります」
「あと一つか?」
多少と言えないくらいの負い目がある以上、ある程度のことまでならば許さざるを得ない気持ちのアインなのだが、だからと言って際限なく許してくれと言われてもそれはさすがに困る。
そこはシオンも分かっているらしく、アインの問いかけにこくりと頷く。
「初代は勇者や他種族の軍勢、さらには魔族の反乱軍といった勢力と連日連戦だったそうです」
魔族と言っても生き物である。
それだけ戦い続ければ、体力やら生命力やらが大量に消費されてしまう。
これを回復させなければ、力尽きて倒れてしまうか悪くすれば死んでしまうのだ。
「魔王城に備蓄されていた薬の類を無断使用したということか?」
魔王城には勇者などが攻めて来た時のために、回復薬やら食料やらが大量に備蓄されていた。
それに手をつけたことに謝罪したいのだろうかと思うアインに、シオンは首を横に振る。
「そういった消耗品は使って当然だと思っていたようなので」
それはそうだろうなとアインは思う。
ある程度、好きにしろと許可を出していたのだから魔王城の備蓄を使うことなど特に許しが必要なことだとはアインも思わない。
ならば一体話がどこへ向かうというのかと先を促すと、シオンは少しばかり言いづらそうにしながらも話し出した。
「初代はその……体力や魔力を急速に、しかも大量に回復させるために……陛下にその……エナジードレインをかけていたようで」
エナジードレインは対象から体力や生命力、魔力といった力を吸い上げて自分のものにしてしまうという技能や魔術のことだ。
技能としてはサキュバスやインキュバスと言った悪魔の類や、リッチやバンパイアと言った不死者が使うものなのだが、初代シオンはそのいずれでもない。
おそらくは魔術をつかっていたのだろう。
確かに魔王たるアインは魔力や生命力を、シオンのような魔族と比べたとしても、桁違いの量を保有していた。
しかも眠っている間は起きている時よりも魔術への抵抗力が落ちていたはずなので、吸い取り放題だったに違いない。
手っ取り早くしかも大量に回復するためには、まさにうってつけの標的であったのだろう。
しかし、いくらなんでも眠っている魔王から吸い取ろうと考えるだろうかと、アインは呆れる。
「緊急時だったとして許そう。しかし……魔王の力など取り込んで大丈夫だったのか?」
魔王や勇者といった存在は、時として異常にして異質なものとして扱われる。
その力もまた、通常のものとは大きく違っていたりするのだ。
そんな力を考えなく体に取り込んでしまえば、その後何が起きるのか分かったものではない。
「お許し頂いたことに、初代に代わって感謝を。その上で……初代は無事には済みませんでした」
魔族として強い力を持っていたとはいえ、初代シオンは魔族の域を出るような存在ではなかった。
そんな彼女が魔王の力を取り込み続けた結果、その体に異変が起きたのだとシオンは言う。
一体、初代シオンの身に何が起きてしまったと言うのか。
体が魔王の力に浸食され、筆舌し難い痛みや苦しみの中でその命を失うようなことになってしまったのか。
或いは魔王の力によって体が作り替えられ、何かしらおぞましい存在へなり果ててしまったのか。
想像するだけでも哀れな話であり、自分の想像よりは軽い話であってくれと願うアインにシオンが続ける。
「事の真偽は不明です。何せ二千年も前の話ですので。確認する術もないのですが……口伝によりますと初代、妊娠したんだそうです」
「……なんだと?」
少し頬を赤らめて、なるべく口調に感情が乗らないように注意しつつ言い放ったシオンに対し、表情と感情とが抜け落ちたような声でアインが尋ねる。
聞き間違いかと思ったアインなのだが、シオンは一つ息を吐いて胸に手を当て、自分を落ち着かせてから再度言い放った。
「初代シオンは相手なしで妊娠。つまり所謂処女懐妊したそうです。他に考えられる要素もないので陛下の力による体の変異かと」
「それは……」
何と言っていいか分からず、頭の中で思考が混乱し始めるのを感じながらもただ黙っているわけにもいかないだろうとアインはなんとか言葉を絞り出す。
「認知が必要な事案かそれ?」
「さぁ? 参考までにその……初代は陛下と……そのようなことになる予定とか交渉などがあったのでしょうか?」
「それはシオンが、魔王妃となる可能性があったのか、という問いか?」
ストレートに問い返されて、言葉を濁したり選んだりしていたつもりのシオンは面食らってしまうが、軽く深呼吸めいたことをしてからはっきりと頷いた。
「実現の可能性は低かったと思うが、全くない話でもなかったな」
正直にその当時のことをアインが話すと、シオンが意外だと言うかのように目を丸くした。
「口伝では確率半々くらいの話だったとされているのですが」
「実力と地位は申し分なかったぞ。ただ奴は……俺が召し上げたと言っても元々は俺の首を狙ってた奴だからなぁ」
その過程で初代シオンはアインに見出されたわけなのだが、魔王の命を狙ったという事実は魔王の妃を選ぶ中ではかなりのマイナス要因であった。
「当時、シオンと同じくらいの地位と実力の奴はそれなりにいたからな。魔王妃を選ぶとなればそういう奴の中から選ぶ方が普通だろう?」
「そうですか。ちなみにその……陛下が認知しなければならなくなるような行為に及んだということは?」
何やら興味が尽きないといった雰囲気で尋ねてくるシオンに、そこまで答える必要があるのだろうかと思いつつ、誤解されるようなことになっても面倒かと諦める。
「なかった。誓って」
「であれば。認知の必要は特にないかと」
魔王の力をエナジードレインしたから身ごもった、と言う話には何の根拠もないからとシオンは付け加える。
ただ、初代のシオンが誰かと結婚したという記録が残っていないというのに、その家系が絶えずに残っているということもまた事実であった。
「一応確認しますけど、本当に身に覚えがありませんか?」
「あればあったと言っている。魔王がそんな話に虚偽を述べると思うか? それにもし身に覚えがあったとして、その場合はお前は俺のひがいくつつくか分からない孫ってことになるんだが?」
「それはちょっと……困りますね」
何が困るのかアインには分からなかったが、この話題は掘り下げてみても誰にも得がないとでも思ったのか、シオンは別な話題へと移るのであった。
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燃料なくして走る車などないのですよ。