任されたメイドと子爵さま
「では任せようか。頼んだぞ」
アインはそう言うとわずかに後方へと下がり、床に腰を下ろして胡坐を組む。
軽く両腕を広げ、目をつむるとその姿勢からアインは微動だにしなくなった。
「私達はアインが復帰するまで時間を稼ぎますよ」
「フヒッ。倒してしまっても……」
「妙な旗を立てようとするのは止めておきなさい」
シオンの号令にクロワールが妙に不穏に聞こえる台詞を吐きかけて、サーヤから軽めに小突かれて言葉を途切れさせられる。
全員、遠隔操作のパワードスーツを着用しているので、小突かれたところで操縦者が言葉を途切れさせられるような衝撃を受けることは本来ないはずなのだが、突っ込まれればそれ以上余計なことをいわないといった程度の分別は、ちょっと様子のおかしいクロワールにも残っていたらしい。
「先制攻撃、行きマス!」
クロワールのパワードスーツが軽く腰を落とし、手にしていた散弾銃を腰だめに構えたかと思うと、その銃口から散弾ではなく目を焼くようなまばゆい白い炎が噴き出した。
その炎は航宙艦の構造材やらドラゴンモドキの巨体やらに降りかかると、猛烈な勢いでもってそれらを焼き焦がしていく。
「ドラゴンブレス弾が効くということは、やっぱり所詮はモドキなんデスね」
それは鉛の散弾の代わりに燃焼し易い金属を詰め込んだ散弾銃用の焼夷弾だ。
対物攻撃力は多少低いものの、生物へは絶対的とも言える威力を持っている。
銃口から吐き出される数千度の炎は、相手が生物であるならばその正体が何であろうがその肉を焼く。
たまらずドラゴンモドキが、おそらくは悲鳴であろうと思われる甲高い叫び声を上げるが、クロワールは構うことなく慣れた手つきでリロードを行い、悲鳴を上げている口へ銃口を突っ込むとためらわずに連続で引き金を引く。
ドラゴンモドキの口腔内に焼けた金属が炸裂する。
水分が蒸発する音と、舌や喉といった場所が焼け焦げて黒い煙を上げる中、クロワールがゲタゲタとタガが外れたかのように笑う。
「ザマァみろデス! 痛いデスか? 苦しいデスか!? 気味がいいのでもっと苦しんで痛がりやがれデス!」
焼かれた口内の粘膜へ、熱を帯びて危険な状態になっている銃口をぐりぐりと押し付けて、立ち込める肉の焼ける匂いにクロワールは笑う。
その様子を、クロワールがあまりにも景気よく危険な温度の炎をまき散らすので、ちょっと近寄りがたくなっていたシオンとサーヤが仲良く並んで見守っている。
「サーヤ。メイド部隊の教育って、一体どうなっているんですか?」
呆れかえって尋ねるシオンに、サーヤは即答できずに困ってしまう。
他のメイド達のために言うのであれば、少なくとも今のクロワールが使っているような言動について教えたことなど一度もない。
しかし実際に、目の前にクロワールという実例が存在している以上は、やっていないと弁明してみたところですんなりと信じてもらえるとは思えなかった。
なのでサーヤは別の言い訳を用意し、それを使用することにする。
「非常事態ですので」
ウソは吐いていない。
実際、かなりの非常事態なのだ。
艦内で正体不明の生物が暴れているというだけでも下手をすれば、乗組員もろとも艦を撃沈処分しなければならなくなる可能性があるくらいなのである。
何故ならば、正体不明の生物と言うものはどんなバイオハザードを引き起こすか分かったものではないからだ。
「シオン様。今ふっと思ったのですが、本艦の防疫処理の方は……?」
「私のパワードスーツは貴族ご用達の特注品です。その手の危険があれば察知して警告を出してくれるようになっています」
「便利ですね」
「貴族用は大体、防疫、防毒の機能は標準装備だと思った方がいいですよ。特に当主は万が一があってはいけない立場なので」
遠隔操作の機体にそんな機能は必要なのだろうかと首をかしげるサーヤだが、情報収集のためだとか、同行している兵士達のためだとか、とにかく何かしらの理由があるのだろうとそこは深く突っ込まないことにする。
「それはいいですが、あれはまだ続けさせるんですか?」
シオンとの会話の中でサーヤはクロワールからすっかり目を離してしまっていた。
自分としたことがと少し恥じつつ、クロワールの様子を見たサーヤは、パワードスーツを黒い体液でぐちゃぐちゃにし、弾切れを起こした散弾銃の銃身を握って、棍棒のように振り回しては奇声を上げつつドラゴンモドキを殴りつけている光景を目にして絶句する。
「あの散弾銃、廃棄処分でしょうね」
銃は精密機械である。
多少手荒に扱ってもまぁまぁなんとかなるが、さすがに鈍器の代わりに振り回され、叩きつけられたりしたのならば、あちこちが折れたり歪んだりして銃として使うことは不可能であろう。
「クロワールの給金から引いておきます」
「就業中の備品破壊はその責を問いませんよ?」
「故意の場合は別ではないかと」
「パワードスーツ用の奴ですよ? ものすごく高いんです。今回は奮闘のボーナスと相殺ということにしてあげましょう」
まともに弁償させようとするとメイドの給金の数ヶ月分が吹っ飛びかねない。
それだけ高価な代物を、弾が切れたからといって鈍器代わりに使うというのはどうなんだろうとシオンも思わないでもないのだが、今のクロワールはとてもまともであるとは言い難く、これくらいの事であれば目こぼししておこうと考える。
「クロワール! 弾切れを起こしたのなら下がりなさい!」
「まだヤれるデス!」
「その散弾銃だった物もそろそろ限界でしょう!」
「ああっ!? このクソXXXがっ! まだ殴り足りないデスのに根性なしのフニャXX野郎!」
完全にアウトな言葉を使い始めたクロワールにシオンは掌で顔を覆い、サーヤは明後日の方向を向きながら沈黙を貫く。
「サーヤ、任意のタイミングでクロワールを下がらせてください。私が攻撃を引き継ぎますから」
「方法はお任せいただけるので?」
「可能な限り穏便に、と注文します。散弾銃だけじゃなくパワードスーツまで壊されてしまっては大損害です」
いいですね、と念を押すシオンに対してサーヤは、畏まりましたと深々とお辞儀をして見せたのであった。
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