押し返す魔王さま
アインは歴戦の戦士と呼ばれてもおかしくはない位の戦闘経験を積んできている。
しかもそのほぼ全てが相手が死ぬか自分が死ぬかの二択しかないような戦いばかりだ。
アイン自身が望んだ戦いばかりではないが、それだけ生死のかかった戦いを否応なしに繰り返していれば、嫌でも相手の力量をなんとなく見抜く能力というものがそれなりに備わってくる。
もちろんそれは完全なものだとは言えない。
いかに魔王といえども見誤る時はあるのだ。
ただその目にある程度頼りながら、これまで戦い続け、生き延びてきたということもまた事実である。
そんなアインの目から見た黒いドラゴンモドキは、正直に言って全く強さが読み取れないと言った不思議な存在であった。
とてつもなく弱い、と言うことはないだろうとアインは思う。
そうでなければ雄叫び一つくらいで、メイド部隊の隊員を二人も行動不能な状態に陥らせるような真似はできないはずだ。
しかしながら、では強いのかと目を凝らしてみてみても、アインの目ではただの黒くて大きな鳥っぽい何かというか、ドラゴンモドキというか、その程度の存在にしか見えず、とても強力な存在であると言うようには見て取れない。
ただ、気味が悪いと言ったイメージだけが対峙していると、延々と精神を揺さぶってくる。
何か嫌な感じのする相手だなと思いつつ、これまでの経験の中にこれに似たようなものはなかっただろうかと記憶をたぐってみたアインは、これまでの人生の中で今目の前にいるようなものと似たようなものに出会ったことが一度もなかったように思えることに、改めて小さな驚きの声を上げた。
途中、二千年ほど眠ってはいたものの、アインが魔王として生きてきた時間というものは決して短いものではない。
それだけの時の中で、一度も出会ったことのない相手となれば、アインとしてもどこか心躍るものを感じてしまう。
「全身が出てきて、逃げられても困るか」
見た限り、攻撃手段は巨体を生かした突進と、噛みつきくらいに見える。
魔力の方は全く感じ取れないのだが、魔力がなくとも得体のしれない攻撃方法をおそらく持っているはずだった。
そうでなければサーヤを除いたメイド三名が倒されるわけがない
これは距離を取っても意味はなさそうだなとアインは前へと踏み出す。
そこを狙ったように大口を開けて突っ込んでくるドラゴンモドキの横っ面を、びっくりするほどきれいに弧を描いたアインの右回し蹴りが捉えた。
肉を打ったとは思えない轟音が鳴り響き、突っ込んできたドラゴンモドキの頭が真横にずれるのを見ながら、アインはさらに体を回転させて左の後ろ回し蹴りを一発目の蹴りとほぼ同じ場所へ叩き込む。
「通りが鈍いな」
蹴りの衝撃でドラゴンモドキの顔は真横を向かされてしまっていたが、ダメージなどまるで負っていないかのような俊敏さで立て直すと、長い首を伸ばしてアインへ噛みつこうとする。
それに対してアインは手のひらを向け、一瞬だけ魔力による力場を形成。
不可視の盾にまともに突っ込んだドラゴンモドキはその盾を突き破ることはできずに衝突の衝撃で軽く仰け反った。
そこへすかさずアインが右のつま先蹴りを入れるが、ドラゴンモドキはこれを頭を振って回避し、振り戻すところでアインへ噛みつこうとする。
「頑丈な奴だな」
噛みつきに来た頭へアインは右の拳を撃ち込んで床へと叩きつけ、ドラゴンモドキが頭を上げるより先に踏みつけを行ったのだが、それを食らってもドラゴンモドキは頭をめちゃめちゃに振り回すことによってアインに間合いを取らせる。
その間合いを詰めるかのように、ドラゴンモドキは首を前へと突き出し、黒い亀裂から胴体部分がずるりと抜け出してきた。
「でかいな」
体全体が出ているわけでもなかったが、抜け出ている分だけから想像してみてもこのドラゴンモドキ、結構な図体をしていることが分かる。
こんなものが完全に亀裂から抜け出して暴れだそうものならば、魔王城にどれだけの被害が出るものか分かったものではない。
出てくる前に仕留めてしまうのがベストではあるものの、それは厳しいかもしれないなとアインはまた突っ込んできたドラゴンモドキの頭を拳で打ち払いながら考える。
一番の理由は、現在のアインが持つ魔力が少ないということだった。
ノワール領から王都までの超長距離転移に加えて、封印管理局局員への洗脳と、アインは魔力をとんでもなく消費してしまっている。
魔王城では常時、魔力の生産が行われてはいるのだが、使ってしまった量に比べればそれはとても少なく、今のアインは魔王の力を十全に使える状態にない。
さらに全身を鱗で覆われているこのドラゴンモドキには、アインが放った攻撃によるダメージがほとんど通っていないようなのだ。
相手に図体がいかに大きかったとしても、魔王の一撃を食らったのならば肉が爆ぜ、骨が砕けたとしてもおかしくはない。
しかし現在、ドラゴンモドキにそのような様子は見られなかった。
これは何かしらの理由で、アインが加えた攻撃の威力が散らされてしまっているか、減衰させられてしまっているようなのだが、その理由が分からないとこのままじり貧で押し切られかねないなとアインは思う。
「全く面倒なことだ」
ドラゴンモドキの噛みつきをアインがまた避けたところで咆哮がアインを襲った。
精神が揺さぶられ、正気を削り落とされるようなおぞましさのあるそれを、正面から受け止めてアインは、咆えるドラゴンモドキの正面から、まっすぐに拳を突き出してドラゴンモドキの顔面を打つ。
今回も、手ごたえの割にダメージが通った感触のなかったアインなのだが、咆哮の最中に、しかもまっすぐに打ち込んだせいなのかその打撃の衝撃を逃がすことができず、ドラゴンモドキの巨体がわずかにではあるが黒い亀裂の中へと押し戻される。
「お? これは……」
振り回される首をかいくぐり、何かに気づいたらしいアインはドラゴンモドキの胴体へと接近すると、拳ではなく掌を当てて床を激しく踏む。
その振動が衝撃となって、アインの掌からドラゴンモドキの胴体へと伝わると、その巨体が再び亀裂の中へと押し戻された。
「なるほどな」
長い首をムチのように振り回して叩きつけるドラゴンモドキから一旦距離を取り、アインは身構える。
「倒すのは無理かもしれないが……召喚したものはお帰り頂くという手があるわけだ」
召喚術って力技で返せるものだっただろうかと内心では思いながら、アインはドラゴンモドキへ再度攻撃を仕掛けるべく、勢いよく前へと踏み出すのであった。
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召喚術が今、根底から否定されようとしている(出てくる前に押し戻す)
短冊に、燃料が欲しいって書いて吊るしたらこの作品、バズりますか!?




