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喚ばれた「何か」さま

 広がる黒い亀裂から噴き出す風の中に生臭さが混じり、耐え難い悪臭を放つそれからメイド達は距離を取ろうとアインを押したり引いたりしながらじりじりと後退を始める。

 そんな中でも黒い亀裂は長さと太さとを徐々に増して行き、やがては天井も床も裂き始めた。


「ブリッジ! 私達のいる区画を隔離、パージすることは可能ですか!?」


「サーヤ様!? 魔王陛下がまだこちらにおられますのにっ!?」


「俺のことは気にしなくていい。それでどうなんだ? 可能なのか?」


 艦内通話を使ってブリッジに確認を取るサーヤに、仮面のメイドが非難するような声を上げたが、これを魔王本人であるアインが宥めてから再度確認をする。


「隔離は可能ですがパージは無理です。そこは本艦の中枢部に近すぎます」


「ならばすぐに隔離しろ」


「そんな……陛下はどうされるのですか!?」


「俺は俺でなんとかする。やれ。命令だ!」


「わ。分かりましたっ!」


 心情は心情として、しかし魔王からの命令とあれば心情を押し殺すこともまた当たり前のこととして、艦内通話の先にいる、おそらくはメイド部隊の誰かであろう人物は感情を押し殺した低い声で応じながら何かを操作したらしく、アイン達の足元に重低音を伴った振動が響く。


「さて、こいつはユミルが仕掛けたトラップ、というところかね?」


「そう考えるのが自然かと」


 そう答えてはみたものの、何をどう仕掛ければ現状のようなことになるのかサーヤにはさっぱり分からない。

 そもそも、目の前で広がっていく黒い亀裂が、本当に亀裂なのかどうかすらも分からないのだ。

 サーヤが思うに、目の前にある程の大きさと幅とで魔王城の船体に亀裂が走ったのであれば、その影響は艦全体に及び、ブリッジが船体のダメージコントロールを試みながら艦内に警報を流しているはずである。

 しかし現在、警報らしきものは艦内には流されていない。


「あれだけの亀裂で船体に影響が出ていない?」


「物理的な亀裂じゃないんだろうな」


 サーヤの呟きにアインが答える。


「空間的な亀裂。何かとんでもないモノを無理やり喚んだ時に見られることが多い代物だな、あれは」


「それは……」


「何が喚ばれたのかまでは分からない。だがお前ら、気をしっかりもてよ。何が出てくるかは本当に分からないが、出てくるモノによっては一気に意識を持っていかれるぞ」


 魔王に脅かされている、とは誰一人として考えなかった。

 むしろ魔王がそこまで警告するような何かが、亀裂の向こう側からやってくるのだと思えば、メイド達は自分の精神力を総動員して、自らの意識を保とうと試みる。

 おそらくはそれがよかったのだろう。

 亀裂の向こう側からそれがこちら側へと顔を出し、目の前で身構えている者達を見て雄叫びを上げた時。

 仮面のメイド達は腹の底から突き上げてくるような恐怖と嘔吐感に、歯の根が合わない程に震え、閉じることのできなかった口から小さく断続的に悲鳴を漏らし、激しく膝を震わせながらもぎりぎりどうにか立ち続けることができ、色々なものを体のあちこちから垂れ流すような無様をさらさずに済んだのである。

 だが同時に、仮面のメイド達にとってはそれが限界であった。

 得物を握る手も震えてしまい、とてもまともに戦えるような気配がない。


「気絶しなかっただけでも褒めてやるべきなんだろうが……こいつは一体何だ?」


 アインの視線の先。

 黒い亀裂から顔を出しているそれは、アインの知識に照らし合わせるとドラゴンのように見えた。

 しかしその形状は、アインにそれがドラゴンなのではと思うことを思いとどまらせる。

 ドラゴンの顔立ちは、いわゆる巨大なトカゲのそれなのだが、目の前にいるそれはどことなく顔立ちが馬のように見えるのだ。

 表面は黒い鱗に覆われており、それ一つとってもやはりドラゴンなのではないかと思われたのだが、長い首とそれに続く肩口から前足ではなくコウモリのような皮膜のついた翼が出てきたことでアインは迷ってしまう。


「ワイバーンのようにも思えるんだが、あれも基本はトカゲなわけだし。こいつはどう見てもやっぱり馬のイメージが……」


 出てきたのがドラゴンなのであれば、アインにとってはいい金になる素材でしかない。

 だがワイバーンとなるとこちらはドラゴンに比べると数段劣る。

 ただどちらとも断言できない以上、そのどちらでもない可能性もあった。

 その場合だと、目の前にいるそれは何の価値もないただの化物という可能性もある。

 金にならないのであれば雑に適当に始末してしまってもいいだろうし、金になるのであればそれなりに処理の方法というものがあり、どうしたものかとアインは考えた。


「サーヤ様……私っ……私はっ……ヒヒッ!?」


「気をしっかり持ちなさいっ! それでも陛下直属ですかっ!」


 黒い亀裂から出てこようとしているものがドラゴンなのかそうではないのか。

 考えるアインを我に返らせたのは今まさに床へと倒れてしまいそうになっている仮面のメイドと、その腕を取って叱咤しているサーヤの声だった。

 サーヤの方はまだ大丈夫そうであったが、不味い状態になっているのは仮面のメイドの方だ。

 出会いがしらこそどうにか耐えて見せたメイド達も、出てきたそれと向かい合っている間にやはり耐えきれなくなってしまったようで、三人いた内の二人は既に意識を失って床に倒れてしまっており、残る一人のメイドもサーヤの支えがなければ自力では立つこともままならなくなってきている。

 時折口をついて出てくる甲高い笑い声を、アインは精神崩壊の兆しではないかと考えた。


「こいつ、ドラゴンですらないな」


 威圧や恐怖だけならばまだ分からなかったが、ドラゴンに相手の正気を失わせるような能力はない。

 しかし現実に対峙したメイドにそのような兆候が見られるということは、亀裂から出てこようとしているそれはドラゴンなどではなく、おそらくはドラゴンよりもよりおぞましい何かだ。

 アインはとりあえずそれを、ドラゴンモドキと認識する。


「こんなモノの素材など売れはしないだろうし、買うような物好きがいたとしても何が起きるか分からないようなものを売りつけるわけにはいかないな」


「陛下!」


「サーヤはメイド達を連れて下がれ。こいつの相手は俺がする」


 右手に魔力をまとわせ、それを握りこんで拳を作る。

 何か言いたげなサーヤを目で制して、改めて仮面のメイド達を連れて下がるように指示をしてからアインは、黒い亀裂の中から既に半身を出してきているそれの前で身構え、対峙するのであった。

ブクマや評価の方、よろしくお願いします。


何が来たのか分かった人は、ボクと握手だ(いらない)

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― 新着の感想 ―
[一言] ヒッポカンプス? のわりにゃあ、神話生物みたいな描写だな……めっちゃ強そう…
[一言] 馬かなー?ドラゴンかなー?ワイバーンかなー? 鳥だー! これはまさしくボーボボじゃなかった三択ですね
[一言] 硫黄の匂いということで調べましたが、最初は猟犬かなと思ってました(なお違った模様 まあ、クトゥルフ系なのは確かだなと
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