やらかす魔王さま
記録されている情報を見る限りでは、一回目から五回目までの調査は共通してかなり順調に進んでいたらしい。
惑星アウターの大気成分は他の有人惑星のものとほとんど同じで、特別な装備のない状態でも十分呼吸可能なレベルであった。
つまりは呼吸を確保するための装備が不要であり、その他にも有害な成分や放射線の類がないため、装備自体はかなりの軽装でも事足りるようだ。
日照量にも問題はなく、気温の変動幅も人の生息可能領域を越えない。
「データだけなら居住可能惑星に指定されないのが不思議なくらいに好条件な星です」
アインの傍らでモニターを覗き込んでいたサーヤが言う。
「脅威となりそうな動植物の類も確認されていません」
調査班からの報告では、惑星アウターに生息しているのは小型の草食獣だけ、ということになっていた。
全くいないということもないのだろうが、肉食獣の姿は確認できなかったのである。
どことなく和やかな感じの報告が何時間か続き、そして何の前触れもなく不意に途絶えるのだ。
そのタイミングは各調査班の進み具合によるのでまちまちなのだが、途絶える位置は大体、アイン達が実はこの地点が六回全ての目的地だったのではないかと目星をつけた位置から半径五十キロメートルの圏内であった。
そこから内側へ足を踏み入れたのだろうと思われるタイミングで、一回目から五回目までの調査班は足取りが消える。
唯一の例外が六回目の調査班だった。
ユミル・カドモンが参加していたその班だけが、目的地と思われる場所まで直線距離で残り十キロメートルの地点まで記録をつけていたのである。
ただその記録は、それを目にしたメイド達が一様に、いぶかしげな顔をするような代物であった。
「小箱と宝石? 黒光りしている赤い線? 七つの柱?」
途切れ途切れに記録された、何を示しているのか分からない言葉の間には、全く意味の分からない言葉の羅列が並ぶ。
おそらくは通信から音を拾い上げて、それを無理やり言葉として並べただけなのだろうが、一定の法則のようなものが見て取れるところから何かしらの言語なのではないかとも思われた。
ただアインの知る限りではそれを意味のある言葉に変換することはできなかったのである。
「サーヤは分かるか?」
「いえ全く。私の知る言語の中に、これに類似するものはありません」
「お前達はどうだ?」
アインは仮面のメイド達にも話を振ってみたが、こちらも全員が首を横に振る。
「既知の言語ではないのか? いやしかしそうだとしたら調査班の奴らにも読めるわけがないな」
「通信時のノイズでしょうか?」
「分からないが、音としてきちんと拾えているというのが気になる」
「訳の分からない言葉の羅列って、何か魔法の呪文みたいですね」
仮面をつけたメイドの一人がそう言うと、メイド全員の視線がアインへと向く。
その場にいる者の中で、呪文と言う言葉に最も縁がありそうなのは魔王であるアインだったのだが、そのアインはメイド達が自分のことを見ていることに気が付くと渋い顔をする。
「俺は魔法はたいして使えないぞ」
「魔王様なのにですか?」
「俺は魔術なら使えるが、魔法は使えん。魔術と魔法は別物だ」
「どう違うのかお伺いしても?」
好奇心を刺激されたらしいサーヤからの質問に、アインは溜息を一つ。
六回目の調査班が送ってきた通信記録を眺めながら、その片手間でサーヤからの質問に答える。
「法と術の違いだな。魔という言葉はこの場合、この世ならざるという意味で用いられている」
この世ならざるものに関する法なので魔法と呼ばれ、この世ならざるものを扱う術だから魔術と言う。
「聞けばわかると思うが、魔法の方が格上だし難易度も上だ。そもそも魔法には呪文などないし、魔術のようにできないことも存在していない」
つまり仮面のメイドが口にした魔法の呪文というものは現実には存在していないのだ。
そのないものを口にしたという時点でいかにそのメイドが魔法や魔術に関する知識がまるでなっていないかと言うことの証明になってしまっている。
アインが渋面や溜息を吐いたりするのはその辺りが理由となっていた。
「魔族とは言え、誰も魔術を使わないこの時代ならば仕方のないことか」
二千年とはそれ程の長さなのだと改めて実感しつつ、アインは記録を読み進める。
しかしいくら読み進めてみても、これといって実のある情報にはたどりつけず、ただ意味不明な言葉と断片的な言葉の羅列とを見せられ続けるだけであった。
「何かおかしなことになっているというのは分かるが……この程度のことで封印指定なんてされるものなのか?」
「管理局の検閲が入っているのかもしれませんね。本当に危険なデータに関しては予め削除されてしまっているとか」
「あるだけ全部見せろと指示したはずなんだが……あぁいや、指示される前に廃棄されていればこれが全部になるか」
結局、何か妙なことが起きていたと言うことくらいは分かったものの、詳しいことは現地に赴かなくては分からないと言う状況が固まっただけかとやや落胆したアインは、六回目の調査班から送られてきた最後の通信に目をやる。
「蓋は閉じた。銀の鍵、世界の外……ないあーらしゅたん……ないあーがしゃーな?」
意味不明な言葉の羅列を声に出して読んだ瞬間、アインは何か自分が踏んではいけない何かの尻尾を踏んでしまった感覚に襲われる。
その感覚はサーヤや他のメイド達も感じていたらしく、仮面のメイド達は得物を構えて周囲を警戒し、サーヤはアインの腕を取った。
「陛下、ここより退出を」
「後のことは我らにお任せください」
「いや、これは間に合わないようだぞ」
サーヤやメイド達の配慮を無下にしたいわけではなかったが、アインの目は今しがたまで使っていた端末のモニターが暗転し、黒くなった画面の上へその黒さよりもなお黒い亀裂が走るのを見ていた。
「これは不味いな」
画面の上に走った黒い亀裂はモニターの大きさを越えて、空間上にまで走る。
そこから噴き出してくる風はぞっとする程に冷たく、硫黄の匂いが混じっており、仮面のメイド達が小さくではあるが悲鳴を上げる中で、アインは魔王城にこれからどれだけの被害が出るだろうかと広がっていく黒い亀裂を見ながら思うのであった。
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