説明を受ける魔王さま
「さて、陛下の置かれている状況についてお話をさせて頂きたいと思います」
食後のコーヒーの一杯目を飲み干し、気分を落ち着かせて二杯目をコップに注いだ辺りでシオンがそう切り出した。
何かしらの異常が起きているということは明白であり、アインとしてもシオンからの説明は必要な物であり、異存はないとアインは頷く。
「まず、ここは陛下がご存じな魔王城ではありません」
「疑問は残るが、まぁそうなのだろうな」
アインが眠っていた玉座のある広間は確かに魔王城にあった場所ではあるのだが、その他の場所にアインは見覚えがまるでなかった。
「魔王城が解体された時に、玉座の間だけ切断して運び込んだんです」
あてずっぽうなのかそれともアインの表情から何か察したのか、シオンがアインにもたらした情報はアインの抱く疑問への答えになっていた。
しかしながらそれはまた別の疑問をアインの中に生じさせる。
「魔王城を解体?」
「老朽化が激しかったので……」
自分が寝ている間に、勇者の手によって魔王城が破壊されたと言うならば、まだアインの理解の範囲内に収まる話ではあったのだが、言うに事欠いて老朽化とは全く訳が分からない。
「順を追って説明します。まず、陛下が眠りに入られてからかなり長い年月が経過しております」
「具体的には?」
「当時のはっきりとした記録が残っておらず、当家の口伝にもそこまでの情報はありませんでしたので定かにとは言えないのですが……二千年程かと」
魔族は長寿である。
その寿命は平均でおよそ三百年くらいであった。
人族とは比べ物にならないくらいの長寿ではあるのだが、それにしたところで二千年という月日はあまりにも長すぎる。
「事実か?」
「はい、誓って。私ことシオン・ノワールは初代シオンから数えて七代目の当主です」
はっきりとそう告げられてアインは椅子の背もたれに背中を預けて天を仰ぎ、目を閉じる。
何故なのかは現状、全く分からないのだが盛大に寝過ごしてしまったらしい。
それはつまり、目の前にいるシオンが言う初代シオン。
アインの知る臣下のシオンはもう亡くなってしまっているということだ。
魔王である身が罪悪感などと言う感情に心を乱されるようなことは滅多にないのだが、さすがにこれについては悪いことをしてしまったなと後悔する。
「俺が寝ている間にな……悪いことをしてしまった」
「まぁ初代もその後激化した他種族との戦争の中で、陛下のことはすっかり忘れてしまっていたみたいですが」
自分という絶対的な戦力。
魔王の不在という状況は他種族にとっては好機であり、ここぞとばかりに魔族を攻め立てたのであろうということは想像に難くない。
その最中で、寝こけている魔王のことなど考えている暇がなかったと言われても、アインとしてはそれはそうだろうなと思うしかなかった。
少しばかり扱いが雑なのではないか、と思う気持ちも多少はあるものの、そこは眠りこけていたお前が悪いと言われてしまえばアインとしては反論の余地がない。
さぞや初代のシオンは自分のことを恨んで逝ったのだろうなと後ろめたい気持ちになるアインは、シオンが何か言いづらそうにもじもじとしていることに気が付いた。
もしかしたら口伝とやらで、自分への恨み言の一つでも伝わっているのだろうかとアインは苦笑する。
「何かあるのならば全て教えてくれ。大事な時に眠りこけていた魔王だ。今更どう評されようと構わない」
仮に何かしら耐え難いことを言われていたとしても、目の前にいるのはアインの知るシオンではなくその子孫であるシオンだ。
そのシオンに対して怒りを抱くことなど全く意味のない行為であるとアインが言うと、シオンはほっとした表情で胸を撫でおろす。
「恐ろしい方だと言い伝わっておりましたので、下手をすれば命がないかと」
「そんなに恐れられていた覚えがないんだがな」
本当に身に覚えがないような雰囲気のアインの様子に、口伝と言えども間違って伝わったこともあるのかなと思うシオンは次のアインの言葉に背筋を凍らせる。
「そもそも初代シオンとか、勇者クラスの存在でなければ俺の前に来る前に死んでいたからなぁ」
魔王の持つ魔力や放つ殺気などは尋常なものではなく、それに抵抗できるくらいに強い存在でなければ魔王の前へ立つことすらできなかったのだ。
そう語るアインに、額や背中へ冷たい汗を流しつつ、シオンは自分の幸運に感謝した。
とある事情により現在は魔力等と言った要素がかなり弱体化しており、それがシオンがアインの前にいても平気な状況という物を生み出していたのである。
そうでなければ危なかったかもしれないとシオンは思う。
その辺りの事情もきちんと説明しなくてはと考えながら、シオンは初代から伝わっている魔王へ伝えるべき言葉を口にする。
「陛下に伝えたい初代の言葉は謝罪です。どうかお許し願いたいと」
「謝罪? 俺に求めるならばまだ分かるんだが」
特に非らしきものがなさそうな初代シオンが、自分に何の許しを願うと言うのか。
心当たりも何もなく、ただ首を傾げるばかりのアインへシオンは深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせてから話し出した。
「二つあります。一つはノワールの姓を勝手に名乗った事」
初代シオンが元々持っていた姓をアインは知らなかったが、目の前にいるシオンが名乗っていたシオン・ノワールのノワールは元々はアインの姓だ。
アインが起きていた時に初代のシオンがノワールを名乗るようなことは、アインが記憶を手繰れるだけ手繰ってみた限りはなかったので、アインが眠りについてから無許可で名乗ったらしい。
「魔族をまとめるためにはどうしても陛下の御威光が必要だと考えたそうで」
もしかすると魔族の中でも勢力争いのようなものがあったのかもなとアインは思う。
魔王が不在なのだから、我こそが次代の魔王だと名乗り出て来る者がいたとしても何の不思議もなかった。
そんな中で自分こそが魔族をまとめる者だと主張するのに、ノワールの姓は魔王から後を託された者として名乗るのに都合がよかったのかもしれない。
「経緯は分からないが許す」
自分にはそれを追認してやるくらいのことしかできないだろうなとアインが認めてやると、シオンは一つ肩の荷が下りたとばかりにほっとした表情を見せたのであった。
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