探すメイドさま
ノワール子爵軍による惑星ジュールのエネルギープラント制圧作戦から数日後。
アインは魔王城一号艦の執務室にいた。
アインにとって魔王城と名づけられたこの航宙艦は、おそらくこの世の中で一番居心地のいい場所だ。
何せ、ここより魔力に満ちた場所というものが、アインの知る限りでは存在していないのだ。
故にどうしても、アインは魔王城に入り浸ってしまうのだが、魔王が魔王城にいることは当たり前であるので、どこからも文句は出ないだろうとアインは思っている。
「いえ、私の婚約者としての立場は忘れていないですよね?」
同じ執務室の中で、ソファに座って瞑想していたシオンが抗議の声を上げる。
頭の中で考えていたことを口に出してしまっていただろうかと思いながら、アインは頷いた。
「もちろん、忘れていない」
「それでしたらそれなりの頻度で私の館とかを訪れて頂きませんと」
ほったらかしになるのは酷いというシオンに、アインは少し考えた後に、駄目だろうなと思いつつもやるだけやってみようとシオンに提案する。
「子爵館の地下に魔力抽出器を作らせてくれるなら」
「さすがにそれは無理です」
即答だったが、それは当然だろうなとアインは思う。
魔力抽出器などというもっともらしい名前を付けてはいるものの、中身は普通に拷問装置と言われても仕方のない代物だ。
その内容が少しでも外へ漏れたりすれば、どこからどんな責め方をされるか分かったものではない厄物である。
航宙艦のように、完全に出入りする物を管理、統制できる場所ならばともかく、いかに厳重に警備されているとは言っても完全に部外者をシャットアウトできるとは言い切れない場所に魔力抽出器を作るというのはあまりにもリスクが大きい。
「アインがどうしてもと望まれるのであれば、引き受けますが」
「止めとけ。火種にしかならん」
「ですが……」
「分かってる。地表に行く頻度を増やそう。なんなら魔王城から飛び降りるだけのことだしな」
ちょっとその辺に散歩に行く程度の軽さで言うアインなのだが、言っている内容はとにかくめちゃくちゃである。
まず航宙艦魔王城であるが、ノワール子爵の館がある星の衛星軌道上にいるので、きちんと真下に飛び降りることができれば、とりあえずは館のある地表のどこかに着地することはできるはずだ。
もっともこれはそんな高さから自由落下し、着地した場合に体に受けるであろう衝撃のことや、きちんと陸の上に着地できるように考える軌道計算やら、生身で大気圏突入を行うなどといった事を全て考えなければという条件下での話である。
どれもこれも、いかに魔族と言えども難しいというよりは不可能な問題ばかりなのだが、シオンは少し前にアインから、生身で宇宙に行ったことがあるといったような内容の話を聞いていたので、全てなんとかできてしまうのだろうと考えて思考を止めた。
人は弾道計算などできなくとも、なんとなくといったレベルで石を投げて的に当てることができるのだ。
魔王ならばそのくらいの気軽さで大気圏突入コースの計算くらいできてしまってもおかしくはないのだろう。
魔王だから、と言うのは便利な言葉だなと思いながら、シオンは魔王ならばもしかしてできてしまうのではないかと思いついたことを尋ねてみる。
「実は魔王なので、何かの魔術でユミルという人物を探し当てることができてしまったりしませんよね?」
いくら魔王でもそれは無理だろうなと思いつつ尋ねたシオンに、アインは何でもないことのように答えた。
「二千年前ならできたんだけどな」
「できたんですか!?」
いくら魔王でも、名前だけで目当ての人物を探し出せてしまうのは、いくらなんでもおかしいだろうと言う気持ちをたっぷりと乗せた言葉でシオンが聞き返すと、アインは渋面を作りつつ頷く。
「今できない理由は……やはり二千年ものブランクとか、アインが弱体化しているとかからなんでしょうか?」
弱体化は言い換えれば衰弱していると言える。
もしそうなら心配だなと思うシオンへアインは言う。
「俺が弱体化したと言うよりも、世界が広くなりすぎて、人口が増えすぎたのが原因だな」
「なるほど」
アインの語った理由はシオンにとっても素直に納得できるものだった。
二千年前にアインが魔王をやっていた頃、世界と言えば星一つ分しかなく、そこに住みついている住民はせいぜい数千万人くらいだったはずである。
ここから一人を見つけ出すというのはすごいことではあるのだが、では現在はどうなのかと言えば、星一つ分でも数十億人もの住民がおり、そんな星が無数に集まって今の世界を形成しているのだ。
検索をかける母数があまりにも違い過ぎるし、その生息範囲も星一つから数百、数千光年と比べるのも馬鹿らしくなるくらいに広がっている。
「むしろ俺はこの状況で、探し出してみせると言ったサーヤに驚いている」
メイド部隊を取りまとめているサーヤはユミルの捜索を命じられた時に、アインに対してそのように答えていた。
いくら戸籍というものがあって、ある程度は人に関する情報が管理されていると言ってもその作業はあまりにも膨大だ。
「相手は魔族のようですから、種族で区別すればそれなりに減らせるのでは?」
「他種族の変装、偽装の可能性は?」
「それを疑いだすと、偽名の可能性も考えなくては」
「もちろんだ。だから面倒だと言っている」
疑いだしたらキリがない話に、シオンは思わず天井を仰ぐ。
せめて写真データの一つでもあれば、探すのもかなり楽になるのだが、宙賊達が拠点として使っていたプラントにはそういった物が全く残されていなかった。
「頼んでおいてなんだが、大変だよな」
「大変だと思います。思いはするのですが……」
ふとシオンは遠い目をしてぽつりと呟いた。
「今のサーヤ達を見ていると、意外とあっさり情報を見つけてきそうな気もするんですよねぇ」
「ご期待に沿えたか、やや不安ではあるのですが」
どこからともなく聞こえてきたサーヤの声。
唐突過ぎる上にあまりにもタイムリーなそれに、シオンは驚きすぎてソファの上から滑り落ち、アインはただ目を瞬かせるばかりであった。
ブクマや評価の方、よろしくお願いします。
サブタイトルをつける程度の能力が欲しい。
いややっぱいらないわ……迷ったら数字にするもの。




