殴る魔王さま
二歩目を踏み出したアインの姿を視認できた者は、その場に居合わせた者の中には一人もいなかった。
貴族としてそれなりに能力を強化されているシオンですら、目で追うことすらできない速度。
そんな速度で踏み込んだアインの拳が肉塊へと打ち込まれ、その衝撃で肉塊の拳を撃ち込まれた場所の反対側が爆発でも起こしたかのように爆ぜた。
「おお!?」
あまりの早業に加えて、素手で行ったとは思えない威力に兵士の内の誰かが驚きの声を上げたが、そんな攻撃を受けても尚、肉塊は即座に修復を開始する。
だがアインの攻撃も止まらない。
さらに一歩踏み込んで、ぴたりと右の肩口を肉塊へと押し当てると、その場でびっくりするような音を立てて床を踏む。
金属製の床にくっきりと足跡が残るほどの衝撃が、アインの肩口から肉塊へと伝わり、これを貫いて反対側へと抜ける。
拳の一撃を受けた時よりもさらに多くの肉片を飛び散らしながら抜けた衝撃の方向へと大きくずれた肉塊へ、アインが両掌をそっと当てた。
「せーのっ!」
掛け声と共に放たれた衝撃は、先の二発の比ではなく、アインを中心として床が放射線状にめちゃくちゃに裂けた。
空気が震え、見ていることしかできなかったシオン達がその衝撃に呆然となり、そんな攻撃を受けた肉塊は激しく弾き飛ばされて、重く湿った音を立てて壁へ激突する。
「完全に砕き散らすつもりで打ったんだが……鈍ってるな」
溜息を吐きつつアインは、壁に叩きつけられてかなり平べったくなってしまった肉塊を見ながらそうぼやいた。
「えーと、アイン? 今のは……」
部屋の外から中を覗き込みつつ、尋ねるシオンへアインは視線を向けずに答えた。
「少し強めに攻撃してみた」
「魔術じゃないんですね」
「いや、これも魔術の一つだぞ?」
「どこら辺りが!?」
「術式を体に構築し、魔力を通して威力とする。立派な自己強化系魔術だ」
「えーと?」
「簡単に言うと、自分の手足を伝説の武器に変えるようなもんだ」
そのレベルには到達していなかったがなと言うアインはずっと肉塊を見つめ続けている。
その様子でシオンも気が付いた。
「もしかしてなんですけど、あれってまだ生きているのでは……」
「生きているようだな。今のを食らってまだ元気とは、いったいどんな造りになっているのやら……興味が湧いてくるな」
全盛期には全く及ばなかったものの、アインとしてはそれなりに力を込めて放った攻撃のつもりであった。
「つくづくこれを作ったユミルとか言う奴の顔が拝んでみたい」
「サーヤに調査を命じますか?」
「そうだな……」
アインは頷く。
今回遭遇したのはほとんど動くことのない肉塊であるが、それでも正規軍人が扱うパワードスーツを圧倒し、アインが放ったそれなりの攻撃にすら耐えてみせたのだ。
こんな代物がもし量産可能であったりしようものならば、宙賊達はとんでもない戦力を手に入れたということになる。
そんなことになる前に、肉塊についての詳細なデータを手に入れるか、作成者であるユミル・カドモンなる人物の身柄を押さえておくことは絶対に必要であった。
「そうだな。ここで捕まえられればよかったんだが」
「せめて性別とか顔の分かる情報があればよかったですね」
「全くだ。何か残っていないか調べさせてくれ」
ここのプラントにユミルがいたのかも、いたとしていつまでいたのかも分からないが、何かしらの手掛かりが残っていれば足跡をたどるのも少しは楽になるはずだ。
そんなことを考えながらアインは壁に潰れて貼りついている肉塊へ近づく。
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫とは言い切れないな」
肉塊はだいぶ潰れたとは言ってもまだ生きており、意思の疎通もできない相手であるので降伏させることができない。
相手に継戦意思があるのかどうかも確認できない以上は、大丈夫かと問われても分からないとしか答えようがなかった。
しかしながら野放しにしておくこともできない。
何せ相手は人間を食って麻薬を作り出す機能を持っているのだ。
この場で完全に殺しておくか、自分達の管理下においておくかしておかないと、どこでどんなトラブルを引き起こすか分かったのものではない。
「あまり好みではないが、あれを使うか」
「あれ、とは?」
「支配の術式。俺よりも弱い存在を俺の支配下に置く術式だ」
事の是非や善悪の類はまず考えないとしても、実に魔王らしい魔術ではないかとシオンは感じたのだが、アインとしては使わずに済むのであればあまり使いたくない術式であった。
「俺の威光やら何やらに伏すと言うならば構わないが、そうでないものを魔術で支配するというのがどうにもな」
「実に魔王っぽくありません?」
「遊びで敵に使うならまだいいんだが……こいつの場合は意思の疎通ができないだけだからなぁ。しかも作られた存在だし」
「少し哀れに思う、とか?」
「こいつがこいつの意思で魔王に敵対した、と言うならさくっと消すだけなんだがな」
そう言いながらアインは壁にへばりついてしまっている肉塊に手を触れる。
魔王の攻撃によって死にはしなかったものの、相当に大きなダメージを負ったらしい肉塊は、自己の修復で手一杯なのか全く動く気配を見せない。
そこへアインが術式を構築し、魔力を流し込んでいくとわずかな抵抗を感じはしたものの、すぐに術式が効力を発揮し、アインは感覚的にその肉塊が自分の支配下に入ったことを知る。
「なんだか、目減りしましたね」
魔術がしっかり働いたことを確認してからアインが肉塊を壁から引きはがすと、肉塊は一抱え程の球状にまとまった。
体積がかなり減った上に、元々表面に浮かび上がっていたものがすっかりなくなってしまい、ただのつるりとした白い球体になってしまっている。
「持って帰ってエサでもやるか」
「そんな拾った動物をペットにする感覚で言われましても」
「魔王城で飼うから心配するな。俺が支配している限りは無差別に襲い掛かってきたりはしないだろうし、大丈夫だろう」
簡単に飼うと言っているが、おそらくこの肉塊のエサは生きた人間である。
用意する方の身にもなって欲しいが放置という選択肢を採れない以上は仕方がないんだろうなとシオンは早々に諦めるのであった。
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