救助する魔王さま
「アイン! 下がってくださいっ!」
肉塊の表面に変化が現れた時、部屋の入り口を破壊するように蹴り破ってシオンや兵士達が部屋の中へと飛び込んできた。
何らかの方法で部屋の中の様子をモニターしていたらしいシオン達は、有無を言わさずにアインを下がらせ、それぞれが銃を構えてアインと肉塊との間に割って入る。
「あ、こら」
「すみませんアイン。これ以上は静観できません」
兵士達を止めようとしたアインへ、シオンがチョークスリーパーをかける。
小さく呻いたアインをそのまま引き摺るようにして下がらせながら、シオンが叫ぶ。
「攻撃開始!」
兵士達の持つ銃の銃口から、熱線やら光線やら鉛弾が吐き出される。
きちんと訓練された兵士が扱う火器で、目標までの間に障害がなく、しかも距離がほとんど離れていない上に目標自体がかなり大きな肉塊で、さらにそれがほとんど動かないとくればこれは外す方が難しいレベルの射撃だ。
当然兵士達の攻撃は次々に肉塊へと突き刺さり、表面を焼き焦がし、蒸発させ抉り落としていく。
余程の大きさの猛獣でもひとたまりもないような激しい攻撃。
そんなものに晒されれば、正体不明とは言えただの肉塊など即座に処分できてしまうだろうと攻撃を加えている兵士達の誰もがそう思った。
だが現実はそんな兵士達の甘い考えを嘲笑う。
「攻撃、効果なしっ!」
「ウソだろおい……」
確かに兵士達の攻撃は、肉塊を焼いたし貫いたし抉っていた。
しかしそのどれもが、肉塊にダメージらしいダメージを与えることができず、兵士達の攻撃に晒されながらも肉塊はいまだに健在だったのだ。
「テルミット!」
「マジかよおい」
誰かの叫びに応じて兵士の一人がパワードスーツの腰から棒状の物を取り外し、肉塊の前へと放り投げる。
一拍おいて、床から吹き上がった炎が肉塊を包み込み、熱波がパワードスーツの表面を炙る。
離れていてもパワードスーツのシステムが、スーツ表面に温度上昇に警告を表示する程の熱量に、誰もが肉塊がその炎の中で灰になることを疑わなかったのだが、唯一アインだけがシオンの陰からするりと抜け出て、兵士達の最前列にいた二人の兵士のパワードスーツに手を触れた。
「死ぬぞ、お前ら」
「え?」
魔王の言葉に兵士が反応するより早く、二人の兵士は力任せに後方へと投げ飛ばされていた。
同時にスーツ全体を震わせる程の衝撃と、わずかな浮遊感の後に背中に軽い衝撃。
最後の小さな衝撃は、投げ飛ばされた自分を味方の兵士が受け止めてくれたためのものだとすぐに分かったが、その兵士は自分が魔王に投げ飛ばされたという事実よりもフェイスカバー内に表示されている警告メッセージに顔色を失った。
「破壊判定……」
それはパワードスーツに内蔵されているシステムが、スーツが完全に破壊されてしまったことを装着者に告げるものであった。
まさか魔王に投げられたことが、と思った兵士だったがすぐに自分の考えの間違いに気が付く。
何故なら破壊判定を受けることになった原因が、腹部への攻撃だとシステムが告げていたからだ。
「おい、大丈夫か!?」
「お、俺は……」
「スーツはもう駄目だ。こっちの診断プログラムでも破壊判定が出てる。ただ装着者は無事だ、と出ているんだが」
「あ、あぁ。俺は無傷だと思う」
体に痛みはなかったし、どこか出血しているような流出感も感じていなかった。
大丈夫だろうとは思うものの、人というものはあまりに酷いケガを負った場合、それを認識できなくなるということがある。
「そっちから見てどうだ? 実は腰から下が吹っ飛んだりしていないか?」
「安心しろ、くっついてる。ただスーツの壊れ具合からして中身が無事だってのがまるで信じられない」
味方がそこまで言うということは、余程の壊れ方をしているのだろうと兵士は思う。
それはつまり、一歩でも間違えていれば自分はパワードスーツもろとも破壊されて、一生ものの傷を負うか、死ぬかしていたのだろう。
そうならなかった理由は、おそらくアインだ。
あのままそこに突っ立っていたのならば、確実に致命の一撃となったであろう何らかの攻撃を事前に察知したからこそアインは一声かけてから、命を失うはずだった二人の兵士を攻撃の届かないところまで投げ飛ばしたのだろう。
そのアインなのだが、兵士達やシオンを守るような形で肉塊と最前列で向かい合いながら、肉塊が放つ破壊的な力場を魔力の盾でもって防いでいる真っ最中であった。
「なんなんだこいつは? ますますわけが分からんな」
防いだ力場の余波が壁を叩き、それなりの強度を持たされているはずの構造材が薄い紙を握りしめたかのようにぐしゃぐしゃに折れ曲がった。
床が波打ち、天井が崩れ落ちる中で平然と立つアインが右手を一閃。
その手から放たれた不可視の刃が肉塊を斜めにざっくりと切り裂いたのだが、相当深く切り裂いたはずの傷口は速やかに、時間を巻き戻したかのようにふさがってしまう。
「娯楽用の薬剤製造器に持たせる性能じゃないぞこれ」
アインを狙って放たれた力場が、アインの左手の一閃によって狙いを大きく逸らされて、壁にぶち当たって人の頭程の大きさの穴を開ける。
それも一つではなく続けざまに、五つもの穴が開いたのを見て兵士達の間にどよめきが走った。
「魔術じゃないなこれ。魔力が動いた感じがしない」
お返しとばかりにアインが放った攻撃は、肉塊の表面に握り拳くらいの穴をいくつも一瞬で穿ったのだが、その全てが瞬時にふさがって消えた。
「これじゃ堂々巡りだ。そうなると俺とこいつのどちらが先に力尽きるか、という根競べになるんだが……」
力を行使するたびに魔力を消費しているアインに対し、肉塊の方は一体何を消費して、どこから力を得ているのかアインの目をもってしても今のところ全く分からない。
「これは少し頑張らないと駄目か?」
できればシオンの望み通り、プラントをあまり壊さない状態で決着をつけてしまいたいのだがと考えながら、アインは肉塊に向けて一歩前へと足を踏み出したのだった。
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ここでその2が折り返し。
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