変化する肉塊さん
魂消えるような悲鳴と助けを求める絶叫。
耳にすればそのあまりの悲惨さに誰もが顔色を失うようなそれを聞きながら、アインは平然と部屋の外へと声をかける。
「シオン、聞こえているか?」
「い、一応。今、集音マイクの焦点をアインに合わせている所です」
「何故? と言うか何だって?」
「集音マイクです。アインの声だけ拾うように調整中です」
会話しやすいようにだろうかとアインは思うが、実際はアインのすぐ近くで今まさに白い肉塊に食われている真っ最中の宙賊の男が出す色々な音を、シオンも他の兵士達もできるだけ聞きたくないがために行われている作業だ。
「こちらの声は聞こえますか?」
「問題ない。魔王の耳だぞ。地獄耳に決まっている」
冗談めかして言うアインなのだが、扉一枚隔てた程度で人の話す言葉が聞き取れなくなってしまう位に魔王の耳というものは柔な代物ではない。
ただ、とアインはすぐ近くにある白い肉塊を眺める。
そこには先程、アインが肉塊の上へと落としてやった宙賊が、肉塊の表面から無数に、細く長く伸びた触手によって体のあちこちを貫かれて悲鳴を上げ続けていた。
耳障りな悲鳴はシオンとの会話の邪魔になるばかりであったが、その程度の邪魔ならば少し耳を注意深く傾ければどうとでもなる。
「ユミル・カドモン。聞いたことのある名前か?」
「どこかで聞いたような覚えのある名前のような……」
投げかけた問いに対する答えはアインが予想していなかったものであった。
てっきりシオンからは宙賊の仲間の名前など聞いたことがあるわけがないと叱られるものだとばかり思っていたというのに、想像に反して聞き覚えがありそうだと言うのだ。
ノワール子爵ともあろう者が、一体どこで宙賊の味方をするような人物の名前を聞いたと言うのだろうかと考えるアインに、シオンが自信なさげに言った。
「記憶違いでなければ、考古学者にそんな名前の人がいたような」
「学者?」
随分と宙賊とは縁がなさそうな職業が出てきたものだとアインは思う。
ついでにすぐ近くにいる白い肉塊も注目すべき存在ではあるのだが、この肉塊と考古学者と言うのも、どこでどう繋がっているのか皆目見当もつかない。
「何かしら色々と問題のある人物だったような」
「学者なんぞ大なり小なり問題を抱えている人種だと思うが」
「その発言自体にも色々と問題があるかと」
「俺は気にしない」
小さく鼻を鳴らしたアインに対してシオンは力なく笑う。
「で、具体的にはどんな問題が?」
「そこまで詳しくはちょっと……そもそも問題というのも性格だったか行動だったか、かなりあやふやにしか覚えていないもので。えぇっと……封印指定地区への不法侵入とかだったような?」
「封印指定というのは、惑星テラのような場所か?」
「はい。そのテラへの侵入も何度か試みていたはずで……王家からうちがめちゃくちゃ怒られた覚えがあります」
第一種封印指定という厳しい規制が敷かれている惑星テラはノワール領にある。
元々そこは魔王城が建っていた場所で、ノワール家はその魔王を守るために貴族として存続し続けてきたのだが、入ることを禁じられている場所に入ろうとする者がいれば、管理者として怒られるのは当然であり、むしろ怒られるくらいで済んでいるのが幸運だったのではないかとアインは思う。
「警備しろと言われましても、私達ですらおいそれとは近づけない場所なんですよ? 下手に何らかの情報を得てしまったらそれを理由に投獄されかねないんですし」
「それは、確かにな」
惑星の近くで網を張るだけで、取り締まる側が一転して犯罪者として扱われかねないとなれば、シオンでなくとも誰がそんな場所に近づくものかとなってしまう。
これはむしろ、警備しろと命令する王家の方がどうかしているとしか言えない。
「だが、大気の底まで下りていくには相当な費用がかかるんだろ? 貴族ならともかく個人で賄いきれるものなのか?」
「普通なら無理ですね」
ではどうやって惑星テラへ侵入しようとしたのかと問えば、簡単なことだとシオンが答える。
「不正な手段で資金を調達していたみたいです」
「ただの犯罪者じゃないか」
ここまで聞かされると、宙賊と行動を共にしていたと言われても、違和感なくなるほどと納得してしまえる人物のように思えた。
しかし、全く結びつかないのが現在宙賊を捕食中の肉塊だ。
考古学者にして犯罪者であるユミルが、一体何故こんなものを作るに至ったのか、それが全く分からない。
「そもそもこいつは何の目的で作られたものなんだ?」
犠牲者となった宙賊は、これが薬を生み出すものだと言ってはいたのだが、薬を生み出すだけならばこれほどの大きさの肉塊を作る必要はないのでは、とアインは思う。
そんなアインの目の前で、捕食されていた宙賊は体中の水分という水分を全て吸収されてしまったかのように、まるでミイラのような外見になってしまっていた。
そればかりか、干からび切ってしまったその体は少しずつではあるのだがチリのような細かな粒子に変わって少しずつ崩れ始めてきている。
そして白い肉塊の表面には、小さな卵程の大きさの球が一つ、いつのまにやら生じていたのだ。
アインはその球を手に取り、軽く引っ張ってみると球は大した抵抗を示すことなく本体からもぎ取られた。
「これは……生体麻薬だな」
生物の中には耐えがたい苦痛などを和らげるために、体内で麻薬を生成するものがある。
人もその中に含まれており、物によっては違法に流通している麻薬の何百倍もの効果があるものすら生み出せてしまえるのだ。
肉塊が作り出した白い球は、そういった成分の塊であった。
これを生み出すために肉塊が作られた、という話はあながちウソではなかったらしい。
しかしアインが持つ魔王の目は、肉塊の捕食がこの薬の生成とはあまり関係していないということを見抜いていた。
「こいつの主成分はエサの脳だな」
人が生み出す生体麻薬は脳で作成される。
肉塊はそれを吸い上げて精製しているようなのだが、これと捕食行為は一見関係しているように見えて、実は全く関係がない。
苦痛を与えて麻薬成分を吸い上げるだけならば、犠牲者をミイラの様にする必要は全くないのだ。
「本体維持のため、というのも考えてみたが……ここまで徹底的に命を吸い上げる必要はないと思うんだがな?」
アインの言葉をきっかけにしたかのように、肉塊の上にあった宙賊の成れの果てであるミイラが完全にチリと化して床の上へと崩れ去っていった。
それはもう生き物の死体とはとても言えないただのチリの山だ。
「これまでに何人食ってきたのか知らないが、お前はそれだけの命を内包して一体何をしようとしている?」
当然、肉塊は答えない。
ただ魔王の言葉に反応するかのように、肉塊の表面は小刻みに揺れ始めたのであった。
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ただちょっとペースダウンしてきたのは展開が遅いのかしらん。




