尋問する魔王さま
「それではこちらですが……くれぐれも気を付けて頂きたい」
「分かった分かった。十分気を付けよう」
心配そうな兵士に軽く手を振って答え、アインは兵士達が見ただけで気分を悪くしたり、まともに立っていられなくなったりしたものがある部屋へと足を踏み入れる。
元々そこはちょっとした倉庫として使われていたのか、調度の類がないがらんとした空間にそれは置かれていた。
大きさは高さはアインが少し見上げる程度で、幅はアインが両腕を広げた幅よりやや広い。
球体でぬらりとした質感。
色は白で表面には凹凸がある。
これだけならばなんということもない。
正体不明ではあるものの、ただ大きいだけの謎の置物である。
ただアインはすぐに異変に気が付いた。
「シオン達はパワードスーツとやらを着ていたのが幸運だったな」
それを直接目にしていたらどうなっていたことやらとアインはひやりとしたものを感じてしまう。
白くて凹凸のある物体。
その凹凸に目を凝らしてみれば、兵士達がショックを受けたというのも納得がいった。
それは血の気を失った肉だったのだ。
しかも確実に人のものだと分かるパーツが複雑に組み合わされて、大きな球体を形作っていたのである。
人の体をバラバラにし、粘土細工のようにこねくり回して作られたそれは、気の弱い者ならば見ただけで精神に後々まで残るような傷を負うことだろう。
しかしこの球体は、それだけでは済まない代物であった。
「どうやってこんなモノを作った?」
独り言を口にしつつ、アインは球体の表面に顔を近づける。
血の気を完全に失っているその白い肉の塊は、よくよく注意して観察してみればその表面がわずかにだが脈動していることが分かるのだ。
「つまり、これは生きている」
人を人とも思わぬ扱いをし、作り上げた肉塊自体も正気とは思えない産物だが、さらにそれを生かしておくというのは作成者がまともな精神をしているとは到底思えない。
いかに鍛え上げられた兵士といえどもこれを目にすれば言葉を失うだろうし、恐慌に陥ったり、下手をすれば正気を失うようなことにあることとであるかもしれなかった。
どのような技術を用いれば、このような常軌を逸したモノが作り出せると言うのか。
相当に精神が強い者ですら思わず目を背けてしまいたくなるようなそれを、つぶさに観察しながらアインは部屋の外で待っているシオンへ声をかけた。
「シオン、これは見ない方がいい」
「そ、そうですか? 一応理由をお尋ねしても?」
シオンは貴族であり軍人でもある。
血や死体には慣れていると言える程ではないかもしれないが、それなりに耐性はあるはずだった。
そんなシオンに見ない方がいいと言うからには、当然そこに何かしらの理由が存在する。
その一点がわずかにシオンの好奇心を刺激することによって出てきてしまった問いかけに、アインはすぐには答えを返さずに別なことを言う。
「宙賊共に生き残りがいるようならここに連れてきてくれないか? なるべく偉そうな奴がいいんだが」
何か尋問でもするのだろうな、ということはシオンも兵士達もすぐに分かった。
なのですぐにアインの要求に適していると思われる捕虜が選び出され、後ろ手に手錠をかけられた状態で部屋の前まで引き出される。
ぼろぼろの服にぼさぼさの茶髪。
左目に眼帯をした宙賊の男は不貞腐れた顔のままそこまで連れて来られたのだが、一旦部屋の中から出てきたアインに胸倉を掴まれると、ひょいと持ち上げられ、有無を言わさずに部屋の中へと連れ込まれた。
「何をしやがんだてめぇ!」
「余計な口を叩くな」
淡々とそう告げながらアインは片手一本で持ち上げていた男の体を軽く揺らす。
声に込められていた威圧と、成人男性を片手だけで軽々と持ち上げて揺らすことができるだけの腕力とに宙賊の男は黙り込んだ。
「質問にだけ答えろ。これを作ったのは誰だ?」
アインが白い肉塊を指さして尋ねると、宙賊の男はそれをみてぎょっとした顔をし、すぐに顔を背けた。
「し、知らねぇな」
「俺は気の長い方じゃないぞ?」
アインからの質問を即座に拒絶した宙賊の男の左耳が千切れ飛んだ。
激烈な痛みに悲鳴を上げかけた宙賊の男は、片手一本でアインに持ち上げられたまま、。近くの壁に全身を叩きつけられて出しかけていた悲鳴が潰される。
「おとなしく質問に答えた方がお互いのためだと思うんだが?」
「な、なんだと?」
「よく言われて使い古された話なんだが。拷問というものはやられる方はもちろんだが、やる方もそれなりに疲れるんだ」
宙賊の男が何か言い返す前に、アインは男を叩きつけていた壁から引きはがすと、改めて勢いをつけて壁へと叩きつける。
その衝撃は一撃目の比ではなく、宙賊の男は自分の体の中から肉やら骨やらがまとめてきしむ音を耳にして苦悶の声を上げた。
「疲れることはできるだけやりたくない。何故俺がわざわざ疲れる思いをしてまでこんなことをしなけりゃならんと思う。だがな」
アインは宙賊の男を叩きつけていた壁から再び引きはがす。
もう一度、壁に叩きつけるつもりかと宙賊の男は身を固くしたのだが、彼が予想していたような衝撃や痛みがその体を襲ってくることはなかった。
代わりに、胸倉を掴んでいたアインの手が離れ、浮遊感と共に男は自分の体が横方向に移動させられたことを感じる。
掴まれていた手が離れたというのに、何故浮遊感が消えないばかりか体が移動させられているというのか。
そんな疑問を感じるより先に、男は見下ろした自分の股下にあの白い肉塊があるのを目にして悲鳴を上げた。
「効果あり、ということは貴様、やはりそれが何なのか知っているな?」
「知らねぇ! 知らねぇがこいつは人を食うんだ! 俺は食われたくねぇ! 助けてくれ!」
「人を食う? 別段珍しくもないが、何故そんなものをここで飼ってる?」
「こいつは人を食って薬を吐き出す生体工場なんだよ! ユミル・カドモンって頭のおかしい学者が作ったんだ!」
「薬? 何の薬だ?」
「決まってんだろ! キメるとハイになれる奴だ! いい金になるからってボスが……」
「あぁなるほど、理解した。ちなみのそのユミルと言うのは……」
「知らねぇよ! 逃げ出したんじゃねぇのか!?」
「まぁそうだろうな。情報に感謝する。どれ、解放してやろうか」
アインの言葉と共に、宙賊の男の体を浮かせていた力が消える。
これで助かったとばかりに男の顔に喜色が浮かんだのも束の間、自分の体の下に何があり、今まさにそこへと落ちようとしているのだと言うことに気が付いた男の絶叫に、アインは聞きたくないとばかりに両手で自分の耳をふさいだのだった。
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