がっかりする魔王さま
「気を取り直して、家探しするか。宙賊がどのくらい働く奴らかは知らないが、それなりに財宝やら何やら貯めこんでいるんだろ」
流れ去った時による世界の変化に、ただ感嘆して呆けていたアインだったが、そんなことばかりもしていられないとばかりに我に返り、改めて家探しすることを宣言したのだが、これにシオンが待ったをかけた。
「アイン、申し訳ないのですが。アインが想像しているような財貨の類は出てこないか、出てきたとしてもとても少ないかと思いますよ」
「どういうことだ? まさかこいつらまともに略奪の一つもかませないような宙賊だった、ということか?」
「それって賊って言えるんでしょうか?」
「昔は食い詰めた農民なんかが盗賊に落ちぶれることが多かったからな。時々ではあるが、まともに得物も扱えないような盗賊がいたぞ?」
そんなに珍しいものでもなかったというアインなのだが、食い詰めた農民と同程度の宙賊が二百隻もの船団を組めるわけがない。
「そうではなく、略奪品が金銀財宝だったというのはもう遥か昔のことだ、ということです」
時代が変われば賊が目当てにしている略奪品まで変わってきてしまうというものであるらしい。
「なるほどな。ではシオン。今は何が賊共の略奪品の主流となっているんだ?」
嫌な主流もあったものだとシオンは軽く顔をしかめるが、魔王からの質問に対して答えを返さないわけにはいかない。
「まず、レアメタルですね」
「それは金銀とは違うのか?」
「違います。電子回路用の金属ですとか燃料系の触媒、薬品や浄化器などに使われる物全般を指します。一応、金はレアメタルに含まれますのでそれなりに価値があります」
この中で最も価値が高いのは、空調浄化系に使われるレアメタルなのだとシオンは言う。
見た目は白や灰色の塊で、とても美しいとは言えない物でも、金の数倍から数十倍の値段が付くものもある。
「次点が水です」
「それはまた……」
「飲料水に使える水準のものなら値段が跳ね上がります。ですが未処理の水でもそれなりにいい値段がつきます」
水に高値がつく、と言われてもアインにはすぐに理解ができるような現実ではなかった。
水などその辺からいくらでも汲んで来れるというのがアインの主観であり、貴重品だと言われてしまってもすぐにそれを飲み込むことができない。
「あれ? 風呂、あったよな?」
大量に水を使うものの代名詞のようなそれは、水がそんなに貴重品なのであればとても設置できない代物ではないか、と思うアインにシオンは頷く。
「魔族と人族はお風呂が大好きですから。お風呂なしの生活なんて考えられませんし、そんな環境におかれたら何をするか分かったものではありません。ですが、あれに使われている水は完全循環水で、飲料には適していません」
「飲めないのかあれ」
「もしかして飲んでしまいました? 一応、汚れや不純物の類は除去されていますが……どうしても除去しきれない成分なんかもあったりしますので」
「風呂の水を飲む魔王とか、いたら嫌だろう?」
それは魔王ではなく妖怪か化け物の類だろうと言うアインに、シオンがしれっと告げる。
「アインが入浴した後、微妙に水量が減るという報告がありまして」
「俺じゃないぞ!?」
そんな不名誉極まる疑いをかけられてたまるものかと声を大にして抗議するアイン。
確かにアインが入浴中に、自分が入っている風呂のお湯を飲むわけがないですよねと思いつつ、シオンは無線をサーヤへ繋ぐ。
「こちらの会話、聞こえていましたか?」
「私は何も知りません」
「質問の答えになっていない気がするのですが、気のせいでしょうか?」
「私は何も知りませんし、見ていません」
本来ならばサーヤの顔が映るはずの通信用のウィンドウには「音声通信のみ」の文字が黒い背景の中、赤い文字で表示されるだけになっている。
おそらくこの件は、これ以上深入りしない方がいいのだろうと思うシオンなのだが、どうしても一つだけ確認しておきたいことがあって、危険を承知の上で黒い画面へ問いかけてみた。
「まさか魔王の出汁とかで料理を作ったりしていないですよね?」
返答次第によっては、いくらアインに反対されようとも自分の屋敷に仕えているメイド達を一新させようと心の中で強く決意したシオンへ、サーヤが淡々と答えた。
「そんなもったいないことをするわけがないじゃないですか」
「サーヤ?」
「通信終了します。以上」
完全に一方的に、かつ有無を言わせぬ強引さでもってサーヤが通信を切った。
「えぇっと、どこまでお話しましたっけ?」
「お前らの通信、こっちにも聞こえているからな?」
何もなかったような感じで話を進めたかったシオンなのだが、外部スピーカーを通じてアインにもサーヤとの会話が聞こえてしまっていた。
内容的にさすがに聞き流せなかったアインなのだが、それを追及されてもシオンとてどう話に収拾をつけたらいいものか、皆目見当もつかない。
「とりあえず、個人で楽しむ分にはあまり厳しいことを言わなくてもいいかなと」
「日和ったな?」
モニター越しに半眼のアインに睨まれて、その視線から逃れるように身をよじりながらシオンは正直なところを述べる。
「今のサーヤにはこれ以上は、いろんな意味で怖くて何も聞けません」
「それはまぁ……理解できる」
つくづく魔力の使い方を教える相手を間違えたかもしれないと思うアインなのだが、サーヤにはその辺りに目をつむったとしてもおつりが来るくらいのメリットがある。
実害が出ない限りはある程度、好きなようにさせておくべきかとアインはこの件について考えることを止めた。
「とりあえず、ここで得られて利益になりそうなのはそのレアメタルと水だということだな?」
「食料やアルコールの類もいいですが、かなりきちんと調査をしませんと中に何が入っているのか分かりませんので。アルコールに工業用が混ぜられていることなんてざらですし」
「現金の類はどうなんだ?」
通貨の山と言うのもまぁまぁ心を楽しませるものではないかと思うアインだったが、シオンはこれに申し訳なさそうに答える。
「現在、通貨はクレジットという単位で統一されていますが……そのほぼ全てが電子情報化されています」
「つまり?」
「数字が記載された通帳データくらいはあるかもしれませんが、数字だけですね」
とてもではないが、アインの期待には応えられそうにないと語るシオンに、つまらないことになったなと思うアインはふと、周囲を探索していた兵士の内の一部が何やら騒ぎ立てていることに気が付いた。
「反乱か?」
「私に人望がないことになりませんかそれ?」
先程のお返しとばかりに半眼で睨みつけてくるシオンを引きつれて、少しは面白いことが起きていればいいなと思いつつアインは騒ぎが起こった方向へと歩き始めるのであった。
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