ふさぐ魔王さま
アインの呪いを受けた宙賊は、しばらくは倒れた姿勢のままもぞもぞと動いていたのだが、やがて完全に動かなくなる。
それが動かなくなったのか、動けなくなったのかはスーツの内側を確認してみないと分からない話だったが、確認しようとしてみる者はいない。
いずれにしても最終的には動かなくなるという結果に収束するのだから、アインからしてみればどうでもいい話だった。
「さて」
あまりに酷い死にざまに、敵からも味方からも声を失わせてしまったアインは、それを気にすることなく残っている宙賊達を手招きする。
「投降する気がないのであれば、さっさとかかってこい。投降する気があるならば、武器を手放してその場に伏せろ」
もっともここで投降してみせたところで宙賊達の命が助かるという選択肢は存在しないのだろうなとアインは考えていた。
目覚めてからまだ日の浅いアインは、王国内で適用される王国法に関して、エキスパートだと言えるほどの法的知識を持っているわけではなかったが、宙賊行為を行った場合、大体例外なく極刑に処せられるというくらいの情報は聞かされていて、戦っても降伏しても似たような末路をたどるのであれば、宙賊達の行動は大体絞られてくる。
こんなのやっていられるかとばかりに逃げ出す宙賊に関しては、アインは放置することにした。
何せプラントから逃げ出そうとしたところで、逃げるための船がない。
プラントに宙賊の船が停まっていないことは予め確認済みだ。
小さな脱出艇の類ならばプラントのあちこちに安全のためにと設置されているので、これを使用して外へ出ることはできる。
だがそれはできるというだけのことだ。
元々こういった脱出艇は他の救助船などに拾ってもらうことを前提にしていて、大した航行能力もなければ大気圏に突入するような性能もない。
つまり、宇宙に浮いていることができるだけでどこへもいけない船なのだ。
脱出ができないとなれば、後は万が一の可能性に賭けてアインに勝負を挑むしかないのだが、触れずに見ただけで相手を殺してしまえる存在を相手にして生き残れる可能性などそうあるはずもない。
「そんなに乱用できるわけでもないんだがな」
結局、大半の宙賊はやぶれかぶれでアインめがけて突撃を敢行し、アインとノワール子爵家の兵士によってほぼ完全に討ち取られてしまった。
いくらかの財産を持ち、脱出艇で逃げ出した者もいたようではあるのだが、周囲に味方の姿はなく、救助が見込めないとなれば後は捕まるか、そのまま宇宙を彷徨うデブリの仲間入りをするしかない。
「そういうものなんですか?」
部下に残敵の捜索と、掃討を命じてからシオンがアインに近づきつつ尋ねる。
シオンが、とは言ってみてもパワードスーツを装着している状態では鉄の人形が機械音をさせながら近づいてくるだけなので、そこには彩りも潤いもない。
「俺の力は魔力頼りだからな。乱用すれば枯渇するし、枯渇すれば使えなくなる」
「かなり貯まってきているのでは?」
シオンが知る限り、アインは目覚めてから今に至るまでに相当な人数を始末してきている。
その全てを魔力に転化させられているわけではないのかもしれないが、それにしたところで回収できている魔力の量は相当なものになるはずだった。
「まぁそれなりにな。使ってしまっている分も多いし」
「使われた魔力ってどうなるんですか?」
「魔素という状態になる。この魔素が一定以上貯まるとまた魔力に変わる」
「なるほど?」
「そのなるほどは分かっていない時の奴だな」
仕方がないなとアインは小さく鼻を鳴らす。
「たとえて言うなら水みたいなものだ」
「水、ですか?」
「ホースで水を撒く。これが魔術だとする。撒かれた水は蒸発して蒸気になる。これが魔素の状態だな。それで、蒸気は冷えて集まれば水に戻る。これが魔力だ」
「それですと本来魔力というものは減ったりしないものなのでは?」
今の世界には魔力がない。
アインが元々いた時代には大気に魔力が満ちていたというのにだ。
アインのたとえ話からすると、魔力がなくなってしまった理由が分からない。
「世界が広くなりすぎたせい、なのかもな」
その辺りはアインも自信がなかった。
何せそもそも、魔力のない世界などというものは眠りに就く前には想像したこともないのだ。
「俺は学者ではないから確かな所は何とも言えないがな。魔力を誰も意識しなくなってしまったという所も大きいだろうし」
つくづく二千年という月日は長いものだと思いながら、アインは凍ったままのゾンビ達に目を向け、これを修復途中だった外壁の隙間へ突っ込む。
ついでに兵士の一人から修復用の樹脂が入っているスプレーを受け取ると、詰めたゾンビ達の体へスプレーの中身を吹き付けた。
スプレーの中身は発泡してふくらみ、無造作に突っ込まれたゾンビ達の体と共に醜悪なオブジェとして突入時に艇が突き破った外壁の穴をふさぐ。
「悪趣味ですねこれ」
「用が足せれば見栄えは二の次だろ」
「なるべく人の目のないところでこういうのはお願いしたいところです」
いくら相手が罪人や悪人だったとしても、死体を建材代わりに使っているなどということが知られれば、どこからどんな悪評が立つか分かったものではない。
アインは魔王として、そんなものがいくらあったところで気にも留めないのだが、シオンには王国貴族としての体面やら何やらがある。
「魔族が気にするようなことじゃないぞ?」
「いやまぁ、そうなのかもしれませんが」
「気になる、と言うならばまぁ仕方ないな」
時代が変われば人の考えや物の見方なんかも変わってくるもので、一目見ただけで死体が材料になっていると分かる様子は今の魔族には受け入れにくい代物なのだろう。
アインはそう考えて死体を練りこんだ樹脂の壁に触れる。
すると固まったはずの樹脂が生き物のように動き始め、壁から出てしまっている死体の部分を覆い隠してしまう。
「どうせここを出るときには破壊される物なのだから、これくらいでいいだろう」
そうアインが言いながら手を離した時には、かなり表面に凹凸があるものの見た目からでは中に何が入っていたのか分からない樹脂の壁が出来上がっていたのであった。
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