呪う魔王さま
何をするつもりですかとシオンが問いかける暇もなく、アインは光弾やら銃弾やらが飛び交う真っただ中へとその身を躍らせる。
パワードスーツを装着した者同士が向かい合う中に、生身一つで飛び込んだアインの行動は、普通ならばただの自殺志願者の行動だ。
当然、宙賊は馬鹿がおかしな行動をとったと笑い、子爵側の兵士達は一体何をするつもりなのかと困惑する。
しかし、その場に居合わせた全員の表情が驚きの一色に染め上げられたのはその直後のことだ。
それは敵味方を問わず、全ての攻撃がアインの立っている位置を境に、宙で砕けて四散してしまったのである。
「賊共。気まぐれに一度だけ慈悲をくれてやろう。その場に跪いて頭を垂れろ。そうすれば苦しませることなく速やかに首を落としてやる」
何が起きたのか理解できずに呆然としている宙賊達に向けて、アインが身構えることなく自然に、ゆっくりと歩み寄りながらそう告げる。
「な、何を言っていやがる!」
「不敬だぞ、賊。その罪を贖え」
我に返るのが早かった宙賊の一人がわめきながら構えていた武器の銃口をアインに向けて引き金に指を置く。
それに対してアインは右の人差し指を突きつけると、すっとそれを縦に振った。
別段その指から、何か光線が飛び出したり、派手な音が生じたということはない。
しかし、指さされた宙賊が装備していたパワードスーツの正中線に、定規を用いて引いたようなまっすぐな線が現れ、そこからぱっくりと左右にスーツが観音開きになった。
「は?」
割れたパワードスーツの中にいたのは、ひげ面の中年男性であった。
おそらく人族だと思われるその男は、急にパワードスーツが割れて、生身を露出してしまったことに驚き、間の抜けた声を上げてしまったのだがすぐにその声は苦悶のうめき声に変わる。
「何だあれは……?」
誰かが上げた疑問の声。
見れば生身を露出してしまった宙賊の上半身が服の下から明らかに不自然だと分かるくらいに脈動していたのだ。
自分の体だというのに、何が起きているのかまるで分からないといった表情の宙賊は、次の瞬間には服を突き破って胸骨と肋骨とが宙賊の上半身を観音開きにされてしまったのである。
開いた勢いと腹腔内の圧力で、宙賊の内容物が飛び散り、その男は無表情のまま床に飛び散った自分の中身を見下ろした後、くるりと白目をむいてその場に膝から崩れ落ちた。
「多少なりとも人工重力とやらが働いていてよかったな」
死亡したことで体温を失い、そのままゆっくりと凍り付いていく死体を見ながらアインが笑う。
「そうでなかったら、こいつの残骸が浮かぶ空間を動く羽目になっていた。始末の方法を間違えたなこれは」
「化け物……」
目の前で仲間が殺された。
そんなことは宙賊などというものを生業としていれば、日常的に起きる出来事であって驚いたり恐れたり、嘆いたりするようなことではない。
しかし、一体どうやってどんな武器を使えばそんなことができるのか、全く分からない方法でただ惨たらしく殺される光景など、そうそう経験するようなことではなかった。
「に、逃げっ……」
「馬鹿野郎っ! どこに逃げるってんだ!」
「奴を殺せ! 奴さえ殺せばどうにでもなるっ!」
戦意を失って逃げ出そうとする宙賊を、その仲間が殴りつけ、恐怖を無理やり殺意で塗り潰して宙賊達はアインへと攻撃を仕掛ける。
「今のを見せられて、即座に攻撃に転じれるところは評価したいと思うが」
まるでアインの目の前に、分厚くて透明な壁が存在しているかのように、宙賊達の攻撃はその悉くが防がれて消える。
「効果のない攻撃を、ただ垂れ流すというのはどうにも頂けない話だな」
「くそったれっ! 何なんだお前はっ!」
銃撃で駄目ならばと宙賊の一人がアインの足元へ、拳大の大きさの物を二つ程投げつけた。
きちんとタイミングを計って投げつけられたそれは、アインの足元の床に着地したのと同時に炸裂。
爆圧と破片をまき散らしてアインに襲い掛かる。
「威力を上げればいいってものでもないと思うぞ?」
アインの言葉と同時に爆圧がねじ伏せられて床を叩き、飛来する破片の全てが勢いを失って床へと落ちていく。
「ウソだろおい。パワードスーツだって一発でお陀仏な奴なんだぞ!?」
当然のように無傷で立つアインの姿に、信じられないと頭を振りつつ呟いた宙賊へ、アインは視線を向ける。
ただ見られただけだというのに、小さく悲鳴を上げてその視線から逃れようとした宙賊へ、アインは小さく呟いた。
「お前を呪う」
逃げ出そうとしていた足がもつれ、アインの視線から逃れようとしていた宙賊が床に膝をつく。
パワードスーツはある程度、装着者の運動能力を補助してくれはするのだが、急激な動き、たとえば今のように恐怖のあまり何かから逃げ出そうと焦って動いた場合にはそれを補助しきることができずに転んだりしてしまうことがある。
その場合でも落ち着いて行動すれば、スーツの補正機能が働いて行動を修正してくれるはずなのだ。
それくらいのことは知っている宙賊は落ち着いて体勢を立て直し、立ち上がろうとして何故か失敗し、前のめりに地面へと突っ伏してしまう。
何が起きているのかと焦る宙賊は、自分の手足に感覚がなく、その感覚の喪失が四肢から胴体へと移ってきていることを知った。
「腐食の呪いだ。立ち上がれるわけがないだろう? 何せお前の手足はもう腐汁になってしまっているだろうからな」
遠い所から聞こえてくるようなアインの言葉で、その男は自分の体の状態を知り、恐れ戦く。
「普通は腐れ果てて死ぬんだが、その格好だと腐れ死ぬ前に自分の腐汁で溺死しそうだな」
気密が保たれているということは完全に密閉された空間だということだ。
つまり内部で生じたものが外へ出ていくことはない。
「賊には似合いの最期か。せいぜい悔やんで苦しむがいい」
ぐずぐずと腐れて崩れていく鼓膜が最後に拾った声は、嘲るようなアインの言葉であった。
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