無駄打ちをする魔王さま
「とりあえず、何から始めるんだ?」
壁にめり込んだ状態から救出されたアインが誰に聞くともなく尋ねる。
強制接舷の衝撃で吹っ飛んだアインが叩きつけられた壁は、見事なまでにべっこりと凹んでおり、何がどのくらいの勢いで突っ込めばこのようなことになるのやらと救出に携わった兵士達を呆れさせていた。
「衝突時の勢いで魔王が突っ込んだらこうなる」
「誰も何も言ってませんよ」
「答えなければいけないような気がした」
「アインには何が見えているんですか?」
そう言いながらもシオンはアインが突っ込んだのが突入艇の内部隔壁であったことにわずかな安堵を覚えていた。
これが外壁だったのならば、おそらく突入艇そのものがダメになっていたに違いない。
下手をすれば、何かしらの機器を破壊して致命的な事態を引き起こしていた可能性まである。
突入艇が爆発四散したとしても、魔王であるアインは平気なのかもしれないが、いくら魔族でパワードスーツを着ていたとしても、シオンや兵士達はひとたまりもない。
アインの取り扱いには少し注意しなくてはと思いながら、シオンは何か言いたげな顔でこちらを見ているアインに何を言うべきだったかを考える。
「とりあえず、突入孔をふさぐことからですね」
プラント内にはきちんと人工重力が働き、呼吸可能な状態にまで与圧がされている。
重力の方はよく荷物を運ぶルートなどでは弱めに設定されているが、空気に関してはプラント内部全体に行き渡らせてあるのが普通であった。
これは何をするにしても、わざわざ気密服などの装備を身に着けるのは面倒で、効率が悪いからと考えられているからだ。
その気密なのだが、今の突入行為によってプラントの外壁に大穴が開き、プラント内部の空気がその大穴からどんどんと外へ逃げ出していってしまっている真っ最中である。
プラント内部はいくつかの区画に分けられているので、穴が一つ開いたくらいで内部の空気が全て抜けていってしまうようなことはない。
しかし、アイン達がいる区画の空気については現状、全く止める方法がない状態なのだ。
シオン達のようにパワードスーツの類を着ていれば、たとえ真空状態になった空間でも活動はできる。
ただ、そうではない者。
たとえばアインのような生身の状態では真空中で活動するのはまず無理だ。
プラントには事故が起きた時などのために、急速で与圧を行う機能がついている。
ただそれも、空気が漏れ出している場所をそのままにしておいたのでは使えないし、使う意味がない。
だからシオンはまず、突入孔をふさぐ作業を行うことにしたのだ。
本格的な修理となると非常に面倒で時間がかかるが、応急修理程度のものであればそれほど難しくはない。
発泡、硬化する樹脂の入ったタンクを使い、突入に使った突入艇ごと穴をふさいでしまえばいいのだ。
樹脂自体の硬度は大したことがないので、邪魔ならば簡単に砕くことができ、突入艇の出力ならば帰り道は強引に引っこ抜いてから発進することが可能である。
「すぐ済みますから」
「敵がそれを待っててくれるか?}
派手に突入したので、拠点に残っている宙賊達も侵入者への対応に動いているはずだった。
宙賊達とてパワードスーツの類は持っているはずで、作業中の兵士が襲われたりすれば少なくない被害が出かねない。
「俺が迎撃に出るか」
「いえ。そもそも突入艇の外ですが、生身では呼吸できないと思いますよ」
それくらいの空気の薄さであることは突入艇の外のセンサーからパワードスーツへと送られてくる情報が逐一知らせてくれていた。
気温も急激に下がってきており、とても生身で出ていけるような環境ではなくなってしまっている。
「呼吸をしない奴らならいいのか?」
「え?」
何を言い出すのかと変な声を出してしまったシオンは、艇外で突入孔をふさいでいる作業を映し出しているフェイスカバー内の映像の中で、床に怪しげな紫色の光を発するサークルが出現したのを見た。
あまりに急な出現に何かしらの罠かと色めきだつ兵士達へ、シオンは慌ててそれが魔王の手による現象であることを伝えて、落ち着くように指示する。
「アイン、一体何を?」
「俺からは見えないんだよなぁ」
シオンにはフェイスカバーがあるが、アインにはそれがない。
生身のままなのだ。
当然シオンが見ているようなカバー内側のモニターなど、アインは見ることができない。
つまり何となく何かしらの力を行使しているのだ、ということに気が付いてシオンの背中に冷や汗が流れ落ちる。
「シ、シオン様! これは一体……」
無線から流れてきた配下の声に、意識を外の様子を映し出すモニターへ向けたシオンは、床に生じた紫色の光を放つサークルから、ずるりと這い出すようにして腐乱死体としか言えないようなものが姿を現したのを見て、悲鳴を噛み殺した。
「これって……」
それは映画の中やら創作物の中やらでのみ見られる光景だった。
ホラー系の作品で扱われる題材としては、非常にポピュラーな存在。
暗紫色の肌に白く濁った眼。
ぼさぼさの髪にあちこちが抜けて欠けてしまった乱杭歯。
いわゆるゾンビと呼ばれる怪物だ。
生者を見れば群れを成して襲い掛かってくる不浄なアンデッド。
そんな話の中だけのはずの存在が、次から次へと姿を現す光景は、いかに訓練された兵士であったとしても、その精神を恐怖が浸食する。
「呼吸を必要としない兵だ。材料なら万単位であるからいくらでも呼べるぞ」
少し得意げな様子のアインに、シオンはそっと首を横に振る。
「アイン、これはダメです」
「何故だ? 動きは遅いが盾代わりくらいにはなるだろう?」
「ダメな理由は二つです。一つは見た目がきつ過ぎて、兵士達が怯えてしまっています」
いくら大丈夫だから耐えろと言われても、目の前で死体が動いている光景はいつ誰がパニック状態に陥ったとしても不思議ではない。
「軟弱な。もう一つは?」
「空気が抜けるのと同時に気温が低下していますから……ゾンビが冷凍されてしまっています」
「あぁ? それは……ダメだな」
アインが納得するものの既に手遅れで、出現したゾンビ達は何もすることなく次々にただの凍った腐肉へと転じていくのであった。
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ゾンビより頑丈な魔王さま……




