脅かすメイドさま
突入艇と名前がついてはいるが、特に特殊な装置が付いているというわけでもない。
ただ強襲的に他の艦や施設に歩兵の類を乗り込ませるために使われる艦の呼称であり、他に良さそうな名前もなかったためにそんな名前が付いたのだと、アインは魔王城二号艦から発進した艇内でシオンから聞かされる。
二十名の歩兵を運ぶことができるその船は、座席などと言う上等な代物は備え付けられておらず、倉庫のような空間の壁にパワードスーツを固定できる治具が並んでいるだけのとても殺風景な空間だ。
そんな所に装甲でがちがちに固められたパワードスーツが並ぶ光景は、一種異様な雰囲気を漂わせていたのだが、その中で一人だけ生身で軍服姿のアインが交っているのが異様さに妙な拍車をかけている。
「味気のないものだな」
パワードスーツを装着している歩兵を運ぶという前提条件から、艇内には窓もモニターもなく、与圧もきちんとはされていなかった。
一応、多少の空調設備と空気の循環機能はつけられていたので、生身のままでもどうにかその場にいることはできるのだが、とても快適な船旅というわけにはいかない。
さらに艇内に並ぶのは規格が同じものなので、どれが誰やらさっぱり分からない、全身をカバーしているパワードスーツ達だ。
外から見ている分には鉄の人形がずらりと二十体も並んでいるだけなので、味気も面白みも潤いもあったものではない。
「行く先もきっと面白いことはないと思いますよ」
フルフェイスのカバー越しに聞こえるシオンの声は少しばかり機械的な雑音が入っていた。
一応その声でどの鉄人形の中にシオンが入っているかは分かるのだが、そちらを見てみたところで目に映るのはフルフェイスのカバーだけであってシオンの顔ではない。
「何か潤いが欲しいところだな。目的地に着くまでその兜だけでも外してみたりできないものか?」
「無理です。この室内、まともな与圧がされてないんですよ? 薄いながらに空気はありますが……なんで平気な顔してるんです?」
「少しの息苦しさは感じてる」
「少し、で済んでるところが信じられません」
「二千年前はこんな船がなくとも、生身一つでここまで来れてたからなぁ」
「そう言えば、そんなこと言ってましたっけ」
つくづくとんでもない話だとシオンは思うが、そんなことができるからこそ魔王と呼ばれるのだと考えれば、意外とあっさり納得もできてしまう。
しかし、そんな存在を相手に戦って、遥か昔の勇者というものは本当に勝ち目があると思っていたのだろうかと疑問に感じながらもシオンは、魔王が求めたのだからとパワードスーツのフェイスカバーを外そうとしている兵士を、スーツの無線を通じて止める。
「無理です。すぐに酸欠で後方送りになりますよ」
「しかし陛下が……」
「忠誠を示そうとする姿勢は立派だなと思わないでもないですが……私達がここでスーツを脱いでみても、すぐに窒息した醜い顔をさらすだけですよ」
「メイド部隊ならなんとかしてしまいそうな気がするのですが」
「あれを基準に物を考えるのはやめた方がいいです、絶対に」
確かにサーヤならば、現在の状況下においても涼しい顔をしていそうだなとシオンは思う。
ただ、あれはあれで異常なのだ。
無重力状態下において、あのロングスカートの裾が全くめくれ上がらない理由が、シオンにはいまだに分からない。
「呼びました?」
唐突に、シオンの視界の中にウィンドウが開き、にゅっとばかりにサーヤの顔が映し出される。
フェイスカバー内に投影される通信に割り込んだだけなのだが、あまりに唐突かつ的確な出現でありすぎて、シオンはのけ反りそうになってしまった。
幸い、治具に固定中のパワードスーツは解放されるまでは動くことができず、スーツの外へシオンの驚きが漏れることはなかったのだが、跳ね上がった動悸を沈めるためにシオンは数十秒という時間が必要となる。
「大丈夫でしょうか? 何やらこちらでモニターしているバイタルがかなり乱れておりますが?」
「だ、大丈夫です。割と本気で驚いただけですので」
「安定剤を打ちますか?」
兵士の精神状態を強制的にフラットな状態にしてしまうその薬は、本人の意思とは無関係にオペレーターの権限で投与することが可能だ。
パワードスーツは装着者に通常の何倍もの力や運動能力を持たせる装備だが、そんなものを装着している状態の兵士がパニックを起こしてしまったら、味方に大きな損害が出かねない。
それを防ぐための措置として認められている行為なのだが、それを適用されそうになっているということは、余程の乱れ方をしているのだろうかと思いつつ、シオンは何度か強めに深呼吸を行う。
「大丈夫です。問題ありません。安定剤など使われてしまったらアインの護衛が勤まらなくなるじゃないですか」
「私から申し上げますに、真に護衛が必要なのは魔王陛下ではなくシオン閣下の方ではないかと……」
「そうかもしれませんが、それは口にしてはいけない真実です」
モニター越しながら真顔のシオンに、サーヤとしては珍しく気おされてしまう何かを感じ、上擦りかけた声を咳払い一つでごまかしてから、改めて落ち着き払った声音でサーヤは言う。
「失礼致しました。ノワール子爵閣下」
「分かってもらえればそれでいいです。それで、何か御用でしたか?」
まさかタイミングを見計らって、自分を驚かすためだけに通信を使ったのではないだろうなと睨みつけつつシオンが尋ねると、サーヤは何か考える仕草を見せた後、そっと目を逸らした。
「サーヤ?」
「冗談です、冗談。ほんの軽いメイドジョークではありませんか」
慌てた様子もなくしれっと言ってのけるサーヤに苛立ちを覚えつつも要件を言うようにシオンが指示すると、その反応が不満だったのかサーヤが小さく首をすくめる。
「なんですかそれ?」
「いえ、かわいらしくない反応だなーって」
「要件を言いなさい、要件を!」
このメイド、だんだん図々しくなってきていやしないかと思うシオンが強めの口調で要求すると、サーヤはようやく本艇が宙賊の本拠地付近まで移動したので、これから強制接弦を開始するという報告をするのだった。
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自転車操業中の狗霊亭さんに燃料を!




