ちょっと不満な魔王さま
宇宙空間内における航宙艦同士の艦隊戦と言われると、非常に派手な代物を想像するかもしれない。
実際、派手ではある。
何せ数百メートルもある構造物が何百と集まって撃ち合いをするのだ。
派手でないわけがない。
しかし、当事者としてこれに参加した場合。
戦闘の展開によっては地味な印象を受けてしまうことが多々ある。
まず、彼我の距離がとてつもなく遠い。
今回のような場合、お互いに武装の射程距離に相手を捉えた辺りから撃ち合いが始まったのだが、その時点での敵艦までの距離は何千キロメートルと離れている。
つまり、外部モニターで艦外の様子を映してみてもレーダーと射撃管制システムとを頼りに、虚空に向けて撃っている様子が見れるだけなのだ。
さらに宇宙空間は真空であり、音が伝わるようなことが全くない。
結果、絵面としては意外と地味なものになってしまう。
「実弾兵器を使う距離まで近づけば、少しは違うかと思うのですが」
外部モニターを見るアインの不満そうな気配を察して、シオンが苦笑しつつそんなことを言う。
「実弾は数百キロから千数百キロくらいで使いませんと、命中させるのが難しいですから」
「前に見たフレシェット弾? あれはどうなんだ?」
一発の弾頭から無数の子弾をばらまくその弾ならば、面制圧が可能であるはずで、多少狙いが甘くとも当たるのではないかとアインは考えたのだが、シオンは首を横に振る。
「この距離ですと子弾が拡散し過ぎて、当たりはしますが嫌がらせの域を出ません。こちらに数的優位があれば多数撃ち込んで密度を上げられますが……今回はこちらの方が寡兵ですので」
「つまり?」
「素直に正面からの叩きあいと潰しあいにした方が、効率がいいです」
それは無策と言うのではないだろうかと小首を傾げたアインの目の前で、モニターが映し出すものを変える。
画面がいくつかに分割され自軍の様子と、おそらくは何らかの方法での望遠によるものであろう敵軍の様子が映った。
自軍の方はきれいに並んで前進し続けている航宙艦の前方や艦の表面で、敵軍が照射したと思われるレーザーが艦本体へ到達することなく弾かれていく様子があちこちで見受けられている。
これは航宙艦が展開しているシールドが、敵の攻撃をうまく無効化している状態だ。
どうやら軍用の強力なシールド発生装置が形成している力場を、宙賊が使用している武装では抜くことができずにいるらしい。
逆に宙賊の方では、軍用のレーザー発振装置が放つレーザーの出力を受け止めきれずにシールドを貫通されて航宙艦本体の装甲を融解され、小さな爆発や酷いものとなるとそこから出火、延焼して火災に発展している艦まで見受けられた。
本来、真空状態である宇宙においては火災など発生しないように思われるが、航宙艦自体が内部の乗組員のために大量の酸素を内包した状態であり、火の点き方によっては簡単に大火災を引き起こすことがある。
艦内空気が噴き出すのと一緒に煙や炎を噴き出す航宙艦を見ながら、アインは言った。
「本当に正面から殴り合ってんのな」
アインは魔王であり、本人が最大にして最高の戦力を有している。
だからあまり作戦だとか小細工を弄するといったようなことは考えておらず、挑みかかってくる者は基本的に正面から力任せに粉砕するような戦い方をすることが多かった。
そんなアインでも戦争においてはいちおう陣形だとか何だとか、とにかく相手より少しでも優位に立とうとする軍の動かし方があるということくらいは理解している。
しかし、今回の航宙艦同士の戦いについてはそういった要素が見受けられないのだ。
精々あったとしても、何隻かの航宙艦が示し合わせたかのように集中砲火を行って、相手のシールドの飽和を早めさせ、撃沈までの時間を短縮するようなことがあるくらいで、それにしたところで散見される程度でしか起きていない。
「元々は色々あったみたいです」
アインの表情から何かを読みとったのか、シオンがそんなことを言い始める。
「ただ航宙艦の高性能化や各種センサー、探索機器の性能の上昇などにより……陣形だとかがあんまり意味がなくなってしまったんですよね」
どれだけ巧みに艦を配置してみても。
どれだけ巧妙に艦を隠してみたとしても。
戦場に探査機を飛ばし、各種センサーで情報収取を行い、それらの情報をもとにしてシミュレーションを行えば大体のことはすぐに看破されてしまうのだ。
そういうものは使う前にバレてしまったのでは意味がない。
使えないものに固執してみても意味はなく、そういう要素はあっさりと戦場から駆逐されてしまったのだとシオンは言う。
「今の戦場では艦の持つリソースの振り分け方や、他の航宙艦との連携。集中砲火の精度上昇。そういったことが重要視されています」
「本当にただの磨り潰しあいになったんだな」
「基本的に艦の数と性能で、ほぼ戦闘の行方が決まりますね」
「寡兵が多数を打ち破る、なんてことは稀か。つまらないことになっているな」
「百隻単位の戦闘なんてそんなものです。これが桁が一つ上がったりすると、どの宙域に何隻配置するか、なんてことが要素として出てきたりもしますが」
そんな大規模な戦いが発生することは本当に稀ですからと言いながらも、シオンの視線は手元のモニターから離れようとはしていなかった。
そこには味方艦の艦名と状態とが、味気のないテキストでもってずらりと並べて表になっている。
「こちらの損害は軽微。シールドを抜かれるような艦はまだ出てないですね」
「相手の装備がお粗末なんだろ」
「この艦の出番がないことは、いいことだと思います」
念のために持ってきたものを使わずに済むということは、物事が順調に進んでいる証のようなものだ。
このまま行けば、アインの手を煩わせるようなことなく済みそうだと、シオンはこっそり胸を撫でおろす。
「ある程度、状況が確立したら宙賊共を捕らえる方向に移行しろよ?」
「魔王城への供物ですね」
正確には魔王城へ使う資材と、魔王のために魔力を抽出する材料なのだが、アインはシオンの言い方に頷いておく。
「どの時点で移行するかの判断は任せる」
「できる限りの安全マージンを取ってもいいですか?」
判断ミス一つで戦況をひっくり返されるようなことがあっても面白くない。
方針を変更してでも確実に勝利することができると確信できるまでは、シオンとしてはできるだけこのまま状況を進めていきたいと思い、アインの裁可を受けようとするとアインは任せるとだけ答えたのであった。
ブクマや評価の方、よろしくお願いします。
ストックをテキスト化する作業が追い付かない……




