悪だくみする魔王さま
魔王アインの思惑がどうであれ、領主であるシオンからすれば現状を座したまま静観するということはできない。
被害はまだそれほど大きなものではないにせよ、確実に蓄積されていっており、何の手も打たなければそれ程遠くない未来にノワール領は干上がってしまうことが分かっていた。
しかし下手に動いて戦力を大きく減じるような事態を招けば、領地が干上がる前に宙賊の群れがノワール領を食い物にしてしまうことだろう。
「サーヤ」
領地を守るための戦力も空にしてしまうわけにはいかず、割り振りをどうしたものかと考えるシオンはアインがこの場にいない人物の名前を呼ぶのを聞いた。
もちろん、応じる声はない。
アインが呼んだのは黒髪をショートボブにまとめた女性で、ノワール子爵家に仕えているメイド達のまとめ役だ。
彼女に用事があるならば、無線なり館内の放送なりで呼び出すしかないだろうと執務机の上の操作盤を使おうとしたシオンは、アインの背後の空間がゆらりと揺れたのを目にした。
「お呼びでしょうか、魔王陛下」
その揺らぎの中から音もなくすっと姿を現したのは、メイド服に身を包んだ黒髪ショートボブの女性だ。
体の軸を乱すことなく、ロングスカートの裾を揺らすことなく出現したその姿に、シオンは思わずあんぐりと口を開いてしまう。
「ノワール子爵閣下。そのようにだらしなく大口を開けるというのは貴族としていかがなものかと考えますが」
ぴしりと音がしそうな位に整えられた姿勢と表情のまま、サーヤに指摘されたシオンは開いた口を強引に手を使って閉じてから、びしっとサーヤを指さす。
「どこから出現しているんですかっ!?」
「虚空から、ですが」
「非常識なことをさらっと常識っぽく言われた!?」
「主人に呼ばれたのです。即座にお傍に来ることこそ、メイドの使命」
言っていることは一応まともなことに聞こえても、やっていることは非常識にして人外の所業。
どこの世界に何もない空間から唐突に出現するメイドがいるのかと、問いただしたくなるシオンであったが、それを言ってみたところでここにいますと表情一つ動かすことなく即答されそうな気がして、シオンは喉元まで出かかっていた言葉を飲み込む。
このサーヤという女性は元々こうだったわけではない。
シオンが雇い入れた時は、少々ふくよかな体型をした中年の女性だったのだ。
それがどうして現在のようになったのかと言えば、大半はアインのせいであるのだが、いくらかはシオンが元々そういう背景を持っていた人材をそうとは知らずに雇い入れていたという所に起因する。
メイドや執事の背景は、もっときちんと調べておくべきだったなと思うシオンなのだが、状況はすでに後の祭り状態。
魔王の力によって若返りを果たしたサーヤをはじめとした数十人のメイドや執事達は絶対の忠誠を魔王に対して捧げ、日夜ノワール領で暗躍している、らしいのだが詳しいことはシオンも知らない。
彼らについては完全にシオンの手が離れてしまっているし、今更何をしているのかを聞くのも怖いとシオンが思ってしまっているせいだ。
領主としてそれでいいのかと思わなくもないシオンなのだが、魔王であるアインが介入している話でもあるので、一介の子爵の手に負えなかったとしても仕方がないじゃないかとも思っている。
「サーヤ、魔王城の状況はどうだ?」
「はい。前回の戦闘で大量の資材と魔力を得ることができましたので、成長は順調です」
魔王城というのは本当の城というわけではなく、アインがシオンから中古の航宙艦をもらって改造して作ったものだ。
既存の航宙艦とは全く違った禍々しい形状になったこの艦は、先の男爵連合との戦いにおいて多数の敵艦と敵兵の命を取り込むことによって、戦闘前よりもずっと成長していた。
「このまま進めば一部の切り離しが可能となり、魔王城二号艦の作成も可能となるかと」
シオンは以前にアインから、魔王城シリーズは五号艦くらいまで欲しいという話を聞いていた。
本当にそれをやろうとするならば、どれくらいの資材が必要となるものなのかと頭を悩ませていたのだが、どうやらこの魔王城というものは分裂して増えるらしい。
それはもう航宙艦と呼んでいい存在なのだろうかと、シオンは遠い目をしながら考えてしまう。
「急がせろ」
アインの一言がシオンを現実へと引き戻す。
「近隣の領地を荒らす宙賊の討伐に使いたい。どのくらいでできる?」
「申し訳ありません陛下。今からですと最短でも百八時間はかかるかと。それもミドルシップ級が限界となります」
「それでいい。すぐにとりかかれ」
魔王とメイドとの話を聞きながら、シオンは虚空をぼんやりとながめつつそっと息を吐き出した。
ミドルシップ級はスモールシップの上でラージシップの下という中型艦の規格だが、着工から完成までにはどんなに頑張っても一年はかかる代物である。
つまりサーヤが口にした時間はきわめて異常な短時間なのだが、主従共にそのことを理解している様子はなく、傍らでその会話を聞いているシオンだけがその異常さを噛みしめている状態であった。
「ついでにサーヤ。流して欲しい情報がある。俺はそういうのに詳しくないのでやり方は任せるが」
アインが発した言葉にシオンとサーヤが揃って少し驚いた表情を見せる。
「何を驚く?」
「アインが情報戦を指示したので、少々意外かなと」
「魔王らしく、全て力でねじ伏せていった方がいいか?」
「それはそれで止めて欲しいですけれど。一体どんな情報を流すつもりなんです?」
魔王が流言飛語を用いてはならないという話はないはずなのだが、どうしても力押しでなんでも解決してしまうようなイメージがシオンにはあるらしい。
そちらの方が何かと簡単ですっきりするのは確かなのだがと思いつつ、アインはサーヤに指示を出す。
「前の戦闘で死んだ奴らを、全てまとめて今騒ぎ立てている宙賊共の被害者に仕立てろ」
「なるほど、それはいいですね」
アインの指示にサーヤが即座に賛同を示す。
要はバレたら大変なことになりそうなことを、全て宙賊がやったことにしてしまえということだった。
情報の拡散が遅いことをいいことに、嘘で塗り潰してしまおうという発想である。
「つまりアイン、宙賊は……」
「余計なことを言われても面倒だからな。きっちり全滅させるぞ。全滅させたところで誰も文句は言わないだろうしな」
死人に口なし。
それを文字通りに実行しようとアインは口の端を歪めたのであった。
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