干上がりそうな魔王さま
山に出るのが山賊で、海に出るのが海賊であるならば、宇宙に出るのが宙賊と呼ばれるいわゆる犯罪者集団である。
「宇宙に出るのに宇賊にならない理由はなんだ?」
「さぁ? 語呂の問題なのでは?」
「もしや山野で出会うのが野盗と呼ばれるからなのか?」
「賊はどこへ行ってしまったんですか?」
何か発見したかのようにいうアインに対して、シオンはできるだけ冷たく突っ込みを入れる。
そうでもしなければ話が脱線したまま前へと進まないような気がしたからなのだが、突っ込まれた側のアインは特に傷ついた様子もなく、シオンへ話の先を促す。
「宙賊です。近隣にいた賊共が男爵家の勢力がなくなった空白地帯に流れ込んできて、暴れまわっているそうなんです」
「時代が変わっても、似たようなことをする奴はいるんだな」
アインが魔王として世界に混乱やら何やらをまき散らしていた頃にも似たようなことはあちこちで起きていた。
魔王との戦いで疲弊したり、滅亡してしまったりした国や組織は数えるのも面倒なくらいになっていたのだが、そういうところに賊や太陽の下をまともに歩けないような組織などが入り込み、魔王の存在とは比べものにはならないものの、小さくはない混乱や被害を発生させていたのだ。
「だが、近隣の領地のことなのだろう?」
他がどうであれ、自分のお膝元さえ無事なのであれば他のことは比較的どうでもいいことなのではないかと考えてしまうのはアインが魔族の王である証のようなものだ。
基本的に魔族とは、自己中心的なものの考え方をする種族であり、自分さえ良ければと考えやすい傾向にある。
「対岸の火事で済むのであれば、私も静観していたんですけどね」
「違うのか?」
戦力どころか領主まで失ってしまっている男爵領が宙賊の被害に遭っているというのはアインにも分かる話であった。
しかしきちんと領主であるシオンがいて、その配下である兵もいるというのにシオンの領地がその騒ぎから無縁でいられないというのはアインには納得できない話だ。
余程腑抜けた兵がいるのだろうかと考えてしまうアインは、自らが暮らす環境を守るために兵を鍛えなおす必要があるのではないかと考えてしまう。
「う、うちの兵に問題はありません。本当です止めてください。死んでしまいます」
何やら不穏な気配を感じ取ったシオンは、配下の兵達のために慌てて弁明を始める。
アインが何を考えているにしても、宙賊の被害を押さえ切れていないのが兵達の責任なのだと思われてしまったら、彼らがどんな目にあわされるか分かったものではない。
一概に不幸なことになるとは言い切れないシオンではあるのだが、だからと言って幸せなことになるとは全く思えなかった。
「だったら何故、ノワール領に被害が出ているというのだ?」
「それは立地条件のせいです」
きっぱりとそう断言したシオンに、アインは顔に理解の色を浮かべないままに説明の続きを求める。
「ノワール領って、サタニエル王国内においては田舎なんです」
「ふむ?」
「そのおかげで周辺の男爵領を潰してしまっても、今のところは中央から何も言われていないんですが」
言葉にしてみるとそちらも少々頭の痛くなる問題だなとシオンは内心でこっそり溜息を吐く。
事情は確かにあったし、先に手を出してきたのは男爵達の方であることは事実なのだが、ノワール子爵家は独断で、同じ王国貴族である男爵家をいくつか根切り状態にしてしまっているのだ。
これについて王家から何らかの沙汰が下るとき、何が起きるかは全く分からない状態で、シオンとしては罰金刑くらいで済めばいいなと思ってはいるものの、それは現実のものとなってみるまで楽観視のできない問題である。
ちなみにアインは潰した男爵領を接収するように言ってもいたのだが、こちらは敵対した男爵家を全て潰しきれていないのに加えて今回の宙賊騒ぎで全く手がつけられていない状態になっていた。
「どうかしたか?」
「いえなにも」
とりあえず考えても仕方のないことに頭を悩ませるよりは目の前の問題から順番に一つずつ、なんとかしていくことが先決であろうとシオンは思考を切り替える。
「当家の領地は貧しいとは言いませんが、取り立てて豊かでもない土地です」
何か大きな借金を抱えているということもなかったが、湯水の如く資金が使えるほど裕福な領地というわけでもない。
目玉となるような特産品がない領地ではあるものの、普通に暮らしていく分には問題ないくらいの賑わいはある領地。
「治めるのに楽な領地ではあるのですが辺境にあるせいで、生活に必要となる物資のいくつかは中央からの輸入に頼っているんです」
領内で全てが用意できるのであれば、領内だけの閉じた経済であったとしても暮らしていくことができたのであろうが、そうでなければ無い物はよそのある所から買って、運んでくるしかない。
「なんとなくわかった」
ここまで説明を受ければ、アインにもノワール子爵領が受けている被害というものがどういうものであるのかが分かった。
「よそから運んでくる物資を運んで来れなくなった。もしくは運んで来れたとしても様々な付加要素でもってコストが高くついてしまうんだな?」
程度の大小にもよるが、場合と状況によっては死活問題にもなりえる問題だ。
通常の交易路に宙賊が出た。
これだけの情報でも商人は寄り付きにくくなってしまう。
そこを押してでも荷物を運ぼうとする商人がいないわけではないのだろうが、危険である分だけ運賃は高額なものになるであろうし、中には宙賊に襲われて届かない荷物なんてものまで出てきてしまう。
これによって生活品の値段が上がってしまったり、荷物が入ってこないことによって品不足状態が続いているということ。
これがシオンが抱えている頭痛の種というものであった。
「状況は?」
「良くはありませんね」
「改善される可能性は?」
「低いです。大体の場合、王国辺境地域の治安というものは後回しにされがちです」
これが王都周辺でのことであったのならば、すぐにでも多数の人員が動くのだろうになと思うシオンへアインが告げる。
「ならば我々が動こう。面倒ではあるしコストもかかる話ではあるが、それなりにメリットも見込める話だ」
「宙賊の討伐報酬でも狙っていますか?」
賊には賞金がかけられていることがある。
それ狙いだろうかと問いかけたシオンに対し、アインはにやりと笑いながら首を横へと振るのであった。
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ひとつ前に書いた奴の五倍とは……




