笑う魔王さま
「信じられません」
男爵家連合との戦いから数日後。
シオンは自分の執務室で戦闘結果の報告書をサーヤから受け取ると、すぐにそう呟いた。
シオンの座るソファの対面にはテーブルを挟んでアインが、ノワール領軍の制服を着崩してソファに背中を預けている。
「信じられないって言ってもそれ、サーヤの報告書なんだろ?」
「何なんですかその信頼感は」
そう言いつつも確かにサーヤからの報告書であるならば、その中身に書き記されている情報に間違いはないのだろうと思ってしまっている自分に気が付いて、シオンは口をへの字に曲げる。
「美人が台無しだぞ?」
「すぐ美人に戻るからいいんです」
からかうアインにそう切り返して、シオンはアインの前に報告書を置く。
それを取り上げてさっと目を通したアインは、さして面白くもなさそうに報告書をテーブルの上へ戻す。
「敵艦三百五十六隻撃沈。こちら側の損害は無し。鹵獲艦なし。捕虜なし」
「嘘ですよね?」
「撃沈数のことか?」
しらばっくれるようにアインが言うとシオンは無言でアインを睨む。
そしてしばし沈黙が訪れる。
先に根負けしたのはアインの方であった。
「分かった。婚約者に隠し事をするのは不実だな」
「魔王に詰問する気かと言われるかと思っていましたが」
「婚約者じゃなければそうしていた。自分の慧眼を誇っていいぞ?」
ほめられてもシオンはどう反応していいやら分からないといった顔をする。
「別に首に鈴をつけたくて婚約者になったわけではないのですが」
「それは分かっている。アレの血筋の者が望まない相手に持ちかけるような話じゃない」
「それはそうですが」
「お前が望んで俺が応えた。ならばそれ相応に扱うのが筋というものだ」
「なるほど。それでその隠し事というのは一体何なのですか?」
真顔で尋ねるシオンにアインは小さく舌打ちする。
「少しは喜べ」
「大丈夫です。後で私室に戻ったら大喜びしますから」
「それは喜びすぎだろ」
「歴代当主が聞いたら嫉妬で化けて出てくるレベルの言葉ですよ」
そこまでのものだろうかと思うアインはどうにも話を逸らせそうにないなと考えて諦める。
「鹵獲なしは本当だ。全てスクラップにして魔王城に食わせたからな」
「もったいなくありませんか?」
鹵獲した艦はそのままでも使えるし、中古で売ってもいい。
そう考えたシオンなのだがアインは首を横に振る。
「あんな木っ端をいくら集めても、魔王城一つ落とせないんだぞ」
「比較対象がいささか厳しすぎませんか?」
相手が魔王城ならば、ノワール領全ての戦力を出したところで何もできずに一方的にやられてしまうだろうとシオンは思う。
「こっちには魔王城があるのだから、艦数を増やすよりも魔王城を強化した方がいいだろう」
「なるほど。それで捕虜の方は?」
「分からん。俺が眠る前と比べて人口が増えすぎだろ」
一応、サーヤからの報告は上がって来ていたのだが、アインから言わせるととにかく沢山としか言えないような数が報告されていた。
「信じられるか? 俺が魔王で勇者と殴りあってた頃は一万も殺せば世界の敵扱いになっていたんだぞ」
「今回の戦いの死者と捕虜を足すと、桁が一つ上に行きますね」
「これが辺境の小競り合い扱いだというのだから信じられん」
サタニエル王国だけで人口がとのくらいになるのかシオンは正確に把握していなかったが、ノワール領だけでも七つの恒星系に居住可能な惑星が七つと、人工のコロニーが十もある。
人口はざっと六百億人を数え、十万人程度など誤差のようなものだ。
「人、増え過ぎだろ」
「魔王らしく、粛清でも始めますか?」
「それについては後々考えるか」
しないとは言わないのだなと内心冷や汗をかくシオンは、そんな思いなど欠片も顔に出さずに続くアインの言葉を待つ。
「まずは敵対した奴らから魔力を絞りつくす」
何をするにしても魔族が魔族らしく、魔王が魔王らしくあるためには魔力が必要だろうとアインは考えていた。
そのため、今回手に入った何万かの命と、それと同数位の捕虜は実に助けになるだろうとアインは思う。
「ついでに普通の艦隊を動かして、今回敵対した奴らの領地を更地にしてこい」
「そ、それは……」
「無理ならせめて、残存の戦力だけでもきれいに消させろ」
「分かりました」
既に主力は魔王城によって完全に消されているので、大した抵抗もないだろうとシオンは頷く。
ただ、全てを更地にしてしまうのは魔王らしい命令だなとは思うものの、実行に移せるかと言われればシオンは二の足を踏んでしまう。
初代ならばあっさりと実行したのかもしれないと考えているシオンへ、アインはさらに指示をする。
「近隣の男爵共がいなくなっているから、領地を接収すると王国に通達しろ」
「それは……」
「分かっていると思うが、男爵達の血族は一人も残すなよ? 後で面倒なことにならないよう確実に消せ」
「王国が認めるでしょうか?」
「さぁな。認めないなら次の手を考える。とにかくやることがあれば退屈はしないだろ」
そう言って笑うアインにシオンは今更ながらとんでもない存在を目の前にしているのだなと認識して顔を引きつらせる。
「シオンも覚悟しておけ。とりあえずサーヤ達並みには使えるようにした後、魔族とはどういうものかということをしっかり教え込んでやる」
「えっと。お手柔らかに……」
無理だろうなと思いながらも言うだけ言っておかなければと思うシオンに対して、アインはただとても楽しそうでいて、禍々しく見える笑顔でもって応えたのだった。
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