寝過ごした魔王さま
何かしら面白そうなことが起こりそうだと思ってはみたものの、いつまでもそこから動かずにいたのでは相手側からこちらに来てくれない限りはそれを見て楽しむことができない。
光る板やら赤い光やらを見ることができたので、視覚に異常があるわけではないということが分かればやることは一つ。
こちらから出向く、ということだ。
理由は分からないが闇の中にいるということはおそらく、何かしらの閉じた空間の中にいるということなのだろうと当たりをつけたアインは、ならばこれからどうすればいいのかという問いに対する答えを即座にはじき出す。
それは適当にその辺を破壊してみるということだ。
魔族にとって魔術を扱うということは、できて当たり前のことでしかない。
魔術を使えない魔族など、少しばかり長生きするだけの人族と何も変わりがないのだ。
そしてその魔族を統べる王であるならば、魔術の源である魔力の扱い方も相当なものがあるはずなのだが、アインは体内で魔力を巡らせながらいつもとは違う感覚に戸惑いを覚えていた。
明らかに、動かせる魔力の量が少ないのだ。
眠りすぎてぼけてしまったというわけでもなく、体内に蓄えていた魔力が少なくなっているのに加えて、本来は大気中に満ちているはずの体の外にある魔力も何故だか希薄、というよりはほとんど感じ取ることができない。
これでは大した魔術は行使できないなと苦々しく思いながらもアインは闇の中へと視線を向ける。
何がどこにあるのかも分からないのだから、狙いも何もない。
とりあえずぶっぱなせばどこかいい感じに壊れてくれるだろうと考えて、アインは魔力を解放する。
人族の魔術師ならば長ったらしい呪文による術式の構築やら、それを起動するためのキーワードやらを使わなくては起動することのできない魔術であるのだが、魔王であるアインにはそんなものは必要ではない。
ただ使おうと思う意思さえあれば、魔王の力は発動する。
アインの掌から解放された魔力は、闇の中にあってさらに黒い色を呈しながら撃ち出され、直線的に飛んだ後に何かに着弾して爆発。
激しく衝撃と壁だったものと思われる破片とをまき散らしながら外へと続く穴を開けた。
何やら悲鳴や怒号と共に、外からの光が差し込んできてアインはまぶしさに目を細めながら自分で作った出口へとゆっくりと歩き始める。
眠りにつく前であれば、なんとも思わなかったような距離の移動が今のアインにとっては中々の重労働であった。
歩きながら自分の手足を確認してみれば、記憶にある自分のものよりもかなり細くなってしまっており、胴なんかもやや骨が浮き出てしまっている。
余程長く眠っていたのだなと呆れつつ、アインが自分で開けた穴をくぐるとその先にあった光景はアインの歩みを止めるようなものであった。
「ほ、本物!?」
まず見えたのは金属系の輝きを帯びた布地で作られた上着とタイトスカートといった出で立ちの見慣れた顔。
その周囲にはずらりと金属でできているらしい人型の物体が、何やら筒状の物の先をアインの方へ向けて構えている。
「アイアンゴーレムか?」
金属でできていて動く人型のものと言えば、アインはそれくらいしか知らない。
それの背丈は見慣れた顔ことシオンよりずっと高く、数も十数体程いる。
一人で扱えるような数ではないので、姿は見えていないものの魔術師を何人か呼んできているのだろうと視線をぐるりと巡らせると、人型の内の一体がシオンを守るかのように前へ足を踏み出した。
「領主様、お下がりください!」
「領主?」
領主というのはアインの知識の中では領地を持つ者のことであるが、シオンはアイン配下の将であり、領地を任せたことなどなかった。
というか完全に武人タイプの性格と頭の中身であったので、危な過ぎて領地と領民を預けられなかったのである。
魔王の名代ともなれば、自分のための領地を用意することなど容易いことではあったのだろうが領地の経営などにまるで興味を示さなかったシオンがそんなことをするとはアインにとっては意外なことであった。
それよりも、とアインはシオンの周囲にいる人型に目を向ける。
今、このアイアンゴーレムと思しき物体はやたらと流暢にしゃべらなかっただろうか。
アイアンゴーレムは鉄製の人形であり、魔術によってかりそめの命を与えられた存在だ。
命令に忠実で力が強く、鉄でできている体は非常に高い防御力を持つ。
ただ知性は持っておらず、ひたすら命令にしたがって動くだけのものだ。
もちろん、しゃべるような機能がついているわけがない。
もしかして自分が寝ている間に、魔術の技術が進化でもしたのだろうかと興味深そうに眺めるアインの視線の先で、シオンが慌てて人形達が構えている筒状の何かを下げさせている。
「銃を下ろしてください! 刺激してはいけませんっ!」
「しかし領主様……」
「パワードスーツは保険です! というか口伝の通りであるならばパワードスーツなんて気休めにもなりません! 紙人形くらいの気安さでバラバラにされますよ!」
何か、自分を取り巻いている雰囲気が猛獣か何かを捕獲しに来た者達のようだなと、渋々といった感じで筒状のものを下ろす人形達を見ながらアインは思った。
同時に軽く思考に引っかかったのは、シオンが口にした口伝と言う言葉だ。
口伝と言うのは口頭で語り継がれる情報のことで、それは何代かに渡って行われるような代物であったはずだ。
シオンの言っていた口伝の通りと言うのはおそらく、アインのことを指しているのだろうがアインの部下であったシオンがアインのことを口伝で聞いているというのは話が妙である。
一体どういうことなのかと内心首を傾げていると、やっと人形達を落ち着かせたらしいシオンが緊張した面持ちで一人、前へと進み出た。
「直言をお許し願えますでしょうか?」
少しばかり上ずった声に、緊張し過ぎだろうと思いつつアインは訝しむ。
「シオン、だよな? 許すも何もお前、俺の部屋にノックもせずに入ってくるような奴だっただろうに」
言葉を交わす程度で何を言っているのやらと呆れるアイン。
そんなアインにシオンは一瞬ぽかんとした顔をしたものの、すぐに気を取り直して首を横に振る。
「陛下。私は確かにシオン・ノワールなのですが……おそらく陛下の知るシオンとは別人でして。おそらく陛下の言われるシオンとは初代シオンのことではないかと」
「何? もしかして……想像以上に俺って長く寝すぎてた?」
「えぇっと……はい」
同意しづらそうにしながらも頷くシオン。
そんなシオンの様子にアインは自分は本当に一体どれだけの年月を寝ていたのかと、自分のことながら呆れてしまうのであった。
ここでおよそ一万字を消費。
残りはおよそ九万字。
その九万字を消費する前に書き手にやる気を出させるために。
是非とも読み手の反応をください。