捕食と投擲の魔王さま
航宙艦が航宙艦を食う。
字面だけ見ても何を馬鹿なことをと一笑に付される話ではあるのだが、現実のものとして目の前にその光景が展開されているとなれば笑っている場合ではない。
男爵家側の陣で先陣を切っていた艦が生物的な口に呆気なく装甲を食い破られ、砂糖菓子のように噛み砕かれていく様子に、周囲の航宙艦が慌てて方向転換をはかるが、たった二口で最初の犠牲となった艦を食いつくした魔王城は方向転換中の航宙艦に容赦なく襲い掛かる。
見た目からはそれほど強力そうに見えない細くて長い腕が反転中の艦に掴みかかり、その装甲へ指を食いこませていく。
それだけでも異様な光景であるというのに、航宙艦を掴んだ腕はその船体を魔王城の口元まで力任せに引きずってくるのだ。
もちろん、捕まった航宙艦もただ引っ張られるに任せているわけではない。
推進器を吹かして束縛をどうにか振り切ろうとし、使える武装は全て使って魔王城への攻撃を試みる。
しかし逃れることはできなかった。
航宙艦の推進力は腕の束縛を振り切ることができず、引き寄せられる力にも抗うことができない。
攻撃は、通常では考えられない程に頑強なシールドによって全く効果を上げることができず、食い殺されるくらいならばと自爆覚悟で出力を上げてみてもそのシールドを抜くことができないままに何故そんなものがあるのかと誰も答えてくれそうにない疑問を抱えたまま、ぱっくりと開いた口の中へと導かれていくのだ。
「うわー……」
外部モニターに映る、噛み砕かれていく航宙艦を見て顔色を青くしているのはブリッジ内ではシオンだけだ。
アインは視線こそモニターから動かしていないものの、そこに映し出されている光景にはあまり興味があるように見えない。
サーヤ達メイドは各自がそれぞれに何らかの仕事があり、こちらはモニターの方すら見ていない者が多かった。
「何だか一人で驚いている私がばかみたいじゃありません?」
「ばかだとは言わないが……騒ぐほどのことでもないだろうに」
シオンはノワール家の現当主だとアインは聞いている。
それはつまり魔族という種族の中において貴族という地位にあるということだ。
貴族であれば戦場に立った経験などいくらでもあるはずで、船が沈むところなど飽きるほど見ているはずではないか、というのがアインの認識であった。
「それはまぁ。戦場自体は初めてというわけでもないですけれど」
「それなら見慣れたものだろう?」
「見慣れるということはおそらくないと思いますが……それよりも」
人が死ぬ光景など、いくら見たところで慣れるということはきっとないだろうとシオンは思う。
ただそれでも何度か目にしていれば平静を装えるくらいのことはできるようになるものだ。
「私が何度か見ているのはミサイルで吹き飛んだり、レーザーやビーム、電磁投射砲なんかで船が撃沈されるようなシーンです」
「ふむ?」
「少なくとも、航宙艦に腕が生えたり、敵艦を食い殺すようなシーンは初めてです」
そう言ってシオンが指さしたモニターの中では三隻目の犠牲艦が魔王城の口の中へぐいぐいと押し込まれていく光景が映されていた。
さらに逃げ惑う敵艦同士が進路選択を間違えて衝突してしまったり、早々に反転を終えた艦が進路上でもたもたとしている味方艦へそこをどけとばかりに攻撃を開始し、味方から攻撃されることなど露ほどにも考えていなかったらしい艦がまともに防御することもできないままに横っ腹を食い破られて撃沈される姿まである。
「戦果の方は?」
「現在四隻目を捕食中。各種材料が面白いくらい増えていきます」
ミドルシップ級の航宙艦を一隻建造するのには相当な資材を必要とする。
そのミドルシップ級航宙艦を三隻もスクラップにして資材にしてしまっているのだから、入手される資源は相当なもののはずであった。
魔王城の中でどのような処理が行われているのかシオンは知らないが、サーヤのほくほく顔を見る限り、かなりの量の資材が現在進行形で貯めこまれていっているらしい。
「魔王城の補強、修理、強化へ随時消費していきますが、余剰が生まれそうです」
「巨大化は?」
余るくらいならば魔王城自体をさらに巨大な艦にしてしまえばいいのではないかと言うアインに、メイドの一人が泣き言を言う。
「陛下。人員の増強を具申します」
「なるほど」
艦が巨大になればなるほど、その運用に必要とされる人数も増える。
今の大きさですらメイド部隊だけで管理、運用されているのが不思議なくらいだというのに、ここからさらに大きなものにしてしまえば彼女達の手に負えなくなるというのは明白であった。
「それならもう適当に塊にして投げつけろ。後で破壊した敵艦ごと回収すればいい」
「既に開始してまーす」
別なメイドの声と共に、モニターの中にでたらめな回転をしつつ魔王城から遠ざかっていく何かの塊が映し出された。
その塊が進行方向にあった航宙艦に激突し、それを貫通して隣にいた航宙艦を大破させる光景を目にして、シオンの口が開いたまま閉じなくなる。
「命中っ!」
「次! 次はあたしがやる!」
「どの艦を狙う?」
「大きいの! とにかく大きいのを狙うの!」
すさまじく楽しそうでありながらかなり物騒な会話と共に、魔王城から生えた細い腕からまた巨大な塊がぽいとばかりに投げつけられた。
見た目から想像されるよりかなり勢いをつけられていたらしいそれは、敵の航宙艦が密集していたところへと飛び込んでいくと直撃とバウンドでもって数隻の航宙艦を大破か中破させ、魔王城のブリッジ内にメイド達の黄色い歓声が響く。
「うちのメイド達って……」
「何事も経験だと言うぞ? シオンも一投やらせてもらったらどうだ?」
「遠慮しておきます」
また一つの塊がくるくると回りながら飛んでいく様子を見ながら即答したシオンに、無理に勧めるつもりもなかったアインはただそうかとだけ返したのだった。
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いやまぢで。




