動き出す魔王さま
相手をしている側からしてみれば、それは悪夢そのものであった。
そもそもが、いかにラージシップ級の航宙艦が巨大で強大だったとしても、数百隻ものミドルシップ級を相手にして無双状態でいられるわけがない。
せいぜいが数隻を道連れにして、残る艦からの集中砲火を食らい、爆散して宇宙を漂うデブリになるのが関の山のはずであった。
しかし、そんなことをしてしまえば、ノワール領の領主であるシオンを捕らえることができなくなる。
シオンを捕らえることができなければ、ノワール領を食い物にすることも、シオン自身で楽しむこともできなくなるので、旨みがなくなってしまう。
それでは数百隻もの艦隊を動員した意味が何もなくなってしまうので、初撃は示し合わせの上でフレシェット弾による面制圧となった。
実弾兵器は他の兵器に比べると鈍足ではあるのだが、防御フィールドによる防御効果が薄く、矢弾自体にはそれ程の威力はないので程よく敵艦の装甲を削り、設備にダメージを与えることができるだろうと考えられていたのだ。
しかしこの目論見は外れることになる。
敵艦へと降り注いだ矢弾は確かに敵艦の装甲へ突き刺さったはずであった。
装甲に無数の傷や穴があき、武装やセンサーの類が程よく壊れる。
そんな結果を想像していた男爵家側の者達は、全身に矢弾を浴びたと言うのに全く傷ついた様子など見せず、悠々と進む異様な艦の姿を見ていぶかしげに思う。
想定していたものよりずっと装甲が厚くて硬かったとしても、艦の表面にあるセンサーやカメラの類まで守れるわけがない。
だと言うのに、望遠で敵艦の様子を調べていた者は、矢弾が降り注いだ跡など全くないその姿に言葉を失う。
この時点で相手の戦力が未知のものであり、様子見や戦い方の再検討のために一旦引くという判断ができていれば、男爵家側の者達に待ち受けていた運命は違ったものになっていたのかもしれない。
だが、数の上での話だけならば数百倍の差があるのだという事実が、男爵家側の判断を狂わせた。
たとえ相手が正体不明の謎の艦だったとしても、数百隻からなる艦隊の一斉砲撃ならばこれを撃破し得ると考えてしまったのである。
この時点でシオンを生きたまま捕縛するという当初の目的が忘れ去られてしまっているのだが、魔王城の異様さにあてられてしまった者達はそんなことすら考えるだけの余裕を失っていたのだ。
そして攻撃は実行される。
三桁にも上る荷電粒子砲の砲撃が魔王城へと襲い掛かり、膨大なエネルギーを装甲へたたきつけることによって魔王城を撃沈しようとしたのだ。
これにより魔王城が大破。
あるいは撃沈されていれば男爵達も我に返り、自分達がしでかしてしまった行為に対して大いに後悔することになったのだろう。
しかしその機会が彼らに与えられることはなかった。
いかに巨大なラージシップ級の航宙艦と言えども、普通ならばその破片の一片までもが宇宙のチリとなっていてもおかしくない程の攻撃を受けて尚、魔王城はダメージらしいダメージを受けた様子もないままにただ淡々と前進を続けていたのだ。
他の種族であれば、この一撃だけでも士気が落ち、逃げ出すような者が出たかもしれない。
しかし、男爵側の主だった者はみな魔族であり、すぐに二撃目の攻撃が準備される。
一撃だけならば何らかの手段で、たとえば使い捨ての高出力な防御装置のようなもので、攻撃が無効化されてもおかしくはないと考えたのだ。
事実、そう言った物があるという噂は貴族や軍部の中でまことしやかに流されており、王族が乗る艦には既に実装されているという話もあった。
ノワール家は古くから王族の覚えがいい家柄であり、そういう代物が流されていたとしても不思議ではない、と思われたのである。
だがそんな装置があったとしても、そう多く用意できるわけがない。
もしそれができるのであれば、もっと広く普及していたとしてもおかしくないからだ。
ならば対策としては、装置の数が尽きるまで防戦一方にしてしまえばいい。
幸い、敵艦はたった一隻だけであり、袋叩きにするのにそう面倒なことはないのだ。
そう考えたかのように、男爵家の艦隊から魔王城へてんでばらばらのタイミングではあるものの、武装の選択もなく手当たり次第にといった感じで、大量の攻撃が撃ち込まれることになった。
「う、うわぁ……」
爆発やら閃光やらが視界を埋め尽くすように映し出されているモニターを見て、青い顔をしながらそんな声を漏らしたのはシオンだけであった。
アインはそれらの攻撃をどこか興味深そうに見守るだけであったし、サーヤ達メイドは自分の仕事に没頭していて特にモニターへの注意を払っていない。
大丈夫だとは言われていても、本来ならばあっさりと死んでいるほどの攻撃を加えられている真っ最中なのだ。
生きた心地がしないとはこのことであるが、自分以外に驚いたり恐れたりしている者がいないということを知ると、その事実がいくらかシオンに平静をもたらす。
「見た目は派手だな」
「本当は派手だな、で済む代物じゃないんですが……まぁ派手ですね」
「今すぐに尻尾を巻いて逃げ出せば、助かる確率は高いのにな」
魔王城はその巨大さから、速度の方に多少の問題があった。
そこをなんとかする方法もアインは持っていたが、男爵側の艦が散り散りに逃げ出せば、結構な数を取り逃がす可能性がかなり高い。
もっともアインはここで転進して逃げ出すような艦があれば、優先的にその背中を撃つ気ではいたのだが。
「平気とは言え魔力は減る。まだこっちの手は届かないか」
「各種兵装は射程圏内ですが」
サーヤの答えにアインは首を横に振る。
「ダメだ。折角の資材と資源なんだ。多少とりこぼすことはあったとしても、きっちりありがたく食らい尽くさなくては」
「了解しました。推進力上昇。敵陣前衛へトラクタービーム照射準備」
「よしよし。やはり減った分はいくらか色を付けて回収しなくてはな」
「腕と触手も出しておきます」
「使え使え」
何やら妙な単語が聞こえた気がしてシオンはサーヤへ目を向けるが、サーヤはシオンの視線に気づいた様子もなく作業を続けている。
ただその口の端がほんの少しだけ上がるのを見て、きっとなにかろくでもないことがこれから起きるのだろうと悟るシオンであった。
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