先手を取らせる魔王さま
戦いの先手を男爵達が取る。
彼我の距離が一万キロメートルを切った所から、数百隻もの航宙艦がたった一隻の魔王城めがけて攻撃を開始したのだ。
と言っても目視で分かるような距離ではない。
レーダー上の敵艦を示す赤いアイコンから、何かが撃ち出されたことを示すように無数の小さな光点が魔王城めがけて移動し始めたのである。
「なんだこれ?」
「レールガンのようですね。弾頭は……フレシェット?」
シオンのつぶやきに応じるようにレーダー上の魔王城を包み込むかのように赤く塗られた領域が出現する。
その範囲はとても広く、微速で後退中の魔王城がその領域から抜け出すまでには少々時間がかかりそうであった。
「シオン、説明をくれ」
「フレシェット弾は炸裂と同時に広範囲に矢弾をばらまく弾頭です。敵艦はこれを電磁投射。つまりレールガンで射出してきました」
「問題は?」
「効果範囲が広すぎます。回避は不可能と判断し防御を勧めますが、シールドが嫌と言うほど削られますね」
敵は物量でもってこちらを圧し潰しに来たらしいとシオンは歯噛みする。
数百隻もの航宙艦による面制圧攻撃を無傷で切り抜けるのは難しい。
シールドを張れば矢弾を防ぐことは簡単ではあるが、艦の持つシールド用のエナジーセルの容量が消費されてしまう。
かと言って、シールドを展開せずに攻撃を仕掛ければ、一隻か二隻の戦果と引き換えに魔王城の装甲がぼろぼろにされてしまう。
艦の大きさからして即座に戦闘不能になるようなことはないだろうが、細かなダメージの蓄積はすぐに致命的なダメージへと繋がりかねない。
「とにかく今はシールドの展開を」
「構うな。無視して突っ込め」
他に手はないだろうと行ったシオンの進言を、アインはまるっと無視してあろうことか逆に前進することを指示した。
思わず言葉を失って呆然とするシオンをよそに、サーヤが命令を復唱する。
「魔王城、進路反転。主推進器始動」
「蜂の巣にされますよ!?」
降り注ぐ矢弾の雨の中へまともに突っ込んでいくというのだ。
しかもシールドなしで。
まともな軍人ならば絶対に選択しない行動を命じた魔王も大概ではあるが、それに即座に応じたメイドも、シオンの目からしてみれば異常の一言に尽きる。
ここは多少の不興を買うことを覚悟の上で、自分が強く出ることによって止めるしかないかと考えたシオンだったが、それを行動に移すより先に無数の矢弾が魔王城へと降り注いでしまう。
「損害は!?」
一発のダメージは小さいとしても、魔王城全体に降り注いだ矢弾の数は少なくとも万を優に超える。
装甲は削られ、艦の外側に装備されているはずの機器類は、かなりの数がダメになっている可能性が高い。
最悪を考えれば、艦内区画の中で気密が破られてしまっている区画があったとしてもおかしくはなかった。
敵が目前に迫ってきていようとも、まずは艦内のチェックを行わなければ戦闘どころか通常行動すらままならなくなりかねない。
そう考えて声を張り上げ、被害のチェックをしようとしたシオンだったのだが、サーヤの平静な声を聞いて自分の耳を疑うことになる。
「艦内チェック。ダメージなし」
「え? そんなはずは……」
いくら小さい矢弾とは言え、それは航宙艦と比べての話であって矢弾自体は成人男性一人分くらいはある金属の塊なのだ。
そんなものをシールドなしで、まともに装甲で受けたというのにダメージなしと言う報告をいくらなんでも信じられるはずがない。
信じられないのであれば自分で調べてみればいいとばかりに、シオンは近くでメイドの一人が操作していた端末に割り込み、艦のダメージチェック用のプログラムを走らせる。
「残存装甲、百十パーセント?」
結果はさらにシオンを混乱させることとなった。
ダメージを受けていたのならば減少しているはずの数値。
それが示した値が何故か一割も増えていたのだ。
戦闘中に航宙艦の装甲が増えることなどあるわけがない。
そんなことがあるとするならば、それはチェック用のプログラムに何らかのバグが発生しているとしか考えられず、シオンはすぐに自己診断プログラムによるチェックを行ったのだが、こちらの結果は異常なしとしか出てこなかった。
数値のことは考えないとしても、まさか全弾外れたとでも言うのだろうかと考えかけたシオンだったが、すぐにその考えを自分で振り払う。
いかに宇宙空間が広大で、そこを航行している航宙艦がちっぽけな存在であったとしても、面で制圧する武装がしかも数百隻分、一斉に降り注いだと言うのだから全てが外れるわけがない。
仮に全弾命中せず、などという事態が起きているのだとすれば、敵側の関係者全員、幼年学校からやり直してこいと言われるだろうことは請け合いであった。
一体何が起きているのやらと混乱したままのシオンだったのだが、攻撃されたはずだと言うのに無傷のまま悠々と進む魔王城の姿に衝撃を受けていたのはシオンだけではない。
「陛下。敵軍の足並みが乱れ始めたようです」
「まだこっちは何もしてないんだぞ?」
「こちらが何もしていないからではないかと思いますが」
サーヤの言う通り、男爵達の艦は再度の攻撃を準備する艦や、その場で足を止めてしまう艦。
あるいは急に進路を変更しようとして周囲の艦に衝突しかける等、統率の取れた行動ができなくなり始めていた。
そんな様子が見てとれるレーダーを見ながら、シオンが呆れた口調で言う。
「見事なくらいの狼狽えっぷりですね」
「多少は同情致しますが、シオン様ならばこの場合、どうされます?」
「武装を変更して攻撃続行ですね。武装の一つが効かなかったと言うだけでまだ他の武装がダメになったわけではないですから」
実弾系武装が無効だったのであれば、次はエネルギー系の武装を試してみればいいとシオンは思う。
もしも両方ダメだということになったのならば、その時は改めて撤退を検討するか、あるいは両方を全力使用してみての、飽和攻撃を試してみるしかない。
「なるほど。つまり敵側にはシオン様同様の判断をされる方がそれなりにいらっしゃると言うことなのですね」
感心したようなサーヤのつぶやきと同時に、艦外を映し出していたモニターの中に閃光が走ったのであった。
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