呆れる魔王さま
コープメイン男爵領に続々と集まっている艦は、コープメイン男爵領周辺の男爵家がコープメイン家の呼びかけに応じて出した戦力であった。
呼びかけに応じた家は全部で七つ。
完全に戦力が集結し終われば、七百隻にのぼる艦隊となるはずであった。
対するノワール子爵家の戦力は三百隻前後で、しかも旗艦は代替え中である。
数の上で倍の差がある上に、指揮能力が低下しているとあれば、ノワール子爵家側の勝ち目は薄い。
さらに現当主であるシオン・ノワールはとても若く、実戦経験はほとんどないという有様だ。
男爵家側で参戦している者達は、最初から自分達の勝利を信じて疑っていなかった。
子爵家の財産を七等分してしまえば、もらえる物は少ないが、シオンを自分達の言いなりになるように仕立てれば、継続的な利益が見込めるし、シオン自身やノワール領内の領民にやりたい放題できるわけで悪い話ではない。
さらにノワール家が持っていると噂されている秘宝まで手に入れることができれば大儲けすることも夢ではないと考えている男爵達は、戦う前からシオンやノワール領でどう楽しんでやろうかという考えで頭がいっぱいであった。
そんな状態であったので、長距離レーダーが捉えた情報から、ノワール領から一隻の艦が高速で接近中であるということを知らされた時、誰もがノワール家が降伏し、命乞いをするための使者であろうと考え、疑うこともしなかったのである。
たとえそれが、禍々しい形状をした全長一キロメートルを超えるラージシップ級の航宙艦であったとしても、たった一隻で七百隻もの艦隊を相手に何ができると言うのか。
それは常識的に考えれば、確かに間違った考えではない。
相手が常識的な範囲に収まった存在であれば、だ。
彼らにとって不幸なことに、彼らが対峙することになった艦は魔王城の名を冠する代物であり、その魔王城には当たり前のように魔王が乗っていたということである。
魔王とは常識というものから、かなりかけ離れた存在なのだ。
「たるんでるな」
その魔王たるアインは魔王城のブリッジで、前面モニターに映し出されている男爵家連合の艦隊を見ながら、あきれ返ったと言いたげな声を上げた。
「奴らこっちが見えていないのか? 敵が来たというのに動く気配がないぞ」
「いちおうまだ、仮想敵のレベルですから」
男爵家連合は今のところ、領地の境界線近くに多数の艦を集め、緊張の度合いを高めるといった行為はしているものの、完全に敵と認識されるような行為はとっていない。
迎撃態勢でも取ってくれれば、即座に敵対行動として処理できたのにと思いながらシオンは、ブリッジのコンソールの一つに陣取っているサーヤに尋ねる。
「コープメイン男爵の乗艦がどれか、分かりますか?」
「調べます」
短くそう答えて目の前の機器を操作し始めたサーヤを見ながらシオンは内心で舌を巻く。
通常、ラージシップ級の航宙艦ともなれば乗組員は数千人程になる。
ミドルシップ級でも千人以上は乗艦しており、要はそれくらいの人数がいないとまともに動かせないのが航宙艦なのだ。
しかし、現在魔王城に乗っているのはアインとシオン、それに数十名くらいのメイドやら何やらだけだ。
これではスモールシップ級の航宙艦ですら操艦がままならないくらいの人数でしかないのだが、魔王城は問題なく動いている。
しかもこれからかなり高い確率で数百隻もの艦を相手に戦闘を行おうと言うのだから、どんなシステムで動いているのやら興味が湧くところであった。
「実際、どうなっているんですかこの航宙艦」
「何がだ?」
「操艦人数、少なすぎやしません?」
「足りない分は死霊どもが補っている」
さして大したことでもないと言うように平然とした顔と口調でアインが言うと、シオンの動きがぴたりと止まる。
それに構わずアインは先を続けた。
「罪人共を入れた魔力転換炉だが、永遠に罪人から魔力を搾り取れるというわけではない。どうしても力尽きて死者が出る」
罪人に苦痛を与え、感情や生命力を魔力へ転化させる術式を仕込んだ設備。
それが魔力転換炉だ。
燃料である罪人が生きている限りは魔力を吐き出し続ける設備なのだが、限界を超えれば当然のように罪人は死ぬ。
シオンからすれば、人は死ぬとそこで終わりになるもののはずなのだが、魔王にとってはその先というものがあるらしい。
「人と違って死霊には休みが必要ないからな。艦を管理するための術式を仕込んで艦の各所に憑依させている」
給料も食事も休憩時間すら不要なので、とても助かっているとしみじみ口にするアイン。
「半永久機関みたいなものですか?」
「残念ながら、そう美味い話はない」
本当に残念そうにアインは首をすくめた。
「魂は不滅だと言われるが、死霊はそうではないらしい。少しずつではあるが劣化している傾向がある。予想では三か月くらいで使い物にならなくなりそうだな」
生きている間は延々と魔力を搾り取られ、死してなおこき使われるという末路にいかに罪人とは言え多少の憐れみを覚えるシオンであったが、アインの所へ送り込んだ者達はそう扱われても仕方のないような輩ばかりであったので、自業自得かとシオンは考えることを止める。
ただそうなると、状況にそぐわないことは重々承知の上でシオンは二つばかり疑問を抱いた。
「アインの所に送った罪人は数百人くらいだったと思うのですが」
全員死んでいて死霊となっていたと考えても、操艦には少し足りないくらいの人数である。
「それと、死体の処理を頼まれた覚えがないのですが、そちらの方は?」
人一人の死体を処理するだけでも相当な労力を支払うことになるというのに、これが数百人分ともなればちょっとやそっとではどうすることもできない規模の話だ。
そこをシオンが尋ねると、アインは淡々と答える。
「もらった奴らは半分くらい残っているぞ。死霊は一体で生者の何倍かの仕事をするからな。死体の方は……」
そこで言葉を切ったアインは、邪悪と評価しても問題ないような笑顔を見せる。
「とあることに使った。詳細が知りたければ事細かに教えてやるが、どうする?」
表情と声音から判断して、おそらくこの話を聞いてしまえば絶対に後悔する。
そう確信したシオンは愛想笑いを顔に浮かべつつ、ふるふると首を横に振って見せたのであった。
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このまま伸びてってくれるといいなー、どうかなー?




