眠りこけてる魔王さま
サーヤへ指示を出してから数日後。
アインは航宙艦魔王城のブリッジでうつらうつらと船をこいでいた。
何せアインには、現状やらなければならないというような仕事がない。
表向き、アインはシオンの婚約者ということになってはいるが、それに付随する何らかの役職というものがないのだ。
つまり、無職である。
シオンとしてはノワール家に代々口伝されてきた話から、アインが退屈を嫌って眠りに入り、それが二千年もの空白を生むこととなったということを知っているので、何かしらアインの気を引くようなことをしなくてはと考えてはいたのだが、これについてはアイン本人から特には必要がないと告げられていた。
「また二千年も寝たりしませんか?」
「起きたばかりでまたそれくらい寝られるほどの眠気は残っていないな」
心配そうに尋ねたシオンにアインはそう答えている。
そもそも自分が眠っていた二千年もの間にどんなことが起きていたのか。
それを知ろうとするだけでも、結構な時間を必要とする。
とりあえずは頭の中身を、現代に追いつかせなければと考えれば、今のアインに暇や退屈は存在していないと言えた。
そうは言っても集中力やら何やらには限度というものがあり、いかにアインが魔王であるとは言っても、それは同様であってどうしても休息時間というものが必要になる。
休みを取るのであれば航宙艦のブリッジよりも適した場所が他にありそうなものだが、アインにとって航宙艦魔王城のブリッジ以上に休むのに適した場所というものは存在していなかった。
なぜならこの魔王城は現代において、おそらく世界で唯一無二の魔力生成器なのだ。
世界が物質的技術を主とした方向に傾き、魔力が失われてしまった世界では魔王といえどもその能力を十全に発揮することが難しい。
そんな世界で魔力に満ちている空間である魔王城内はアインにとって休息に最も適した場所であると言える。
そんな魔王城なのだが、中身は人外魔境だとしても外見は少々禍々しく見える程度の艦でしかない。
自己強化により勝手に育っていくのだが、武装という物がないのだ。
さらに中でやっていることがやっていることだけに、あまり人目に晒したいものでもないということから周囲に護衛艦の姿もない。
実情を知らない者からしてみればそれはろくに護衛もつけていない、ただ大きな図体をさらしているだけの的に見えてしまう。
そして武装も護衛もないというのに人の出入りだけはしょっちゅう行われており、物資の出し入れも頻繁であるとくれば艦内にはそれなりの資財が蓄えられているのでは、と思われても仕方がない。
「宙賊の襲撃があると思っていたんです」
アインが眠かけをこいているのを見ながら、ブリッジ内の別の席でサーヤと向かい合っていたシオンが言う。
「係留ドックにはいくつかの武装があったと思うのですが」
「魔王城の糧になってしまいましたね」
魔王城に護衛もなにもつけていなかったのは、それをすっかり忘れていたシオンの不手際なのだが、言い訳めいた口調のシオンにサーヤが言う。
「私もまさか魔王城に捕食能力があるとは思っておらず、判明した時にはかなり慌ててしまいました」
サーヤが慌てている姿が全く想像できず、眉間にしわを寄せるシオンにサーヤは柔らかな笑顔を向ける。
「そんなわけですので、シオン閣下が護衛や武装の手配を忘れていたとしても、仕方ないことだったかと」
「怒ってます?」
威圧のようなものは感じず、ただ笑っているだけのように見えるサーヤにシオンは確認の意味を兼ねて聞いてみる。
見たところ、実害がないようであるので笑って済ませてくれているのかもしれないが、もし何かあれば魔王に忠誠を誓うこのメイドが、何をしでかしてくるのかシオンには想像がつかない。
致死性のある爆発物を目の前に話をしている気分になっているシオンなのだが、サーヤが漂わせている雰囲気は穏やかなものだ。
「いえ全く。最初の襲撃があった時には少しばかりお恨み致しましたが」
「襲撃、あったんですか」
全く聞かされていない情報を耳にして驚くシオンに、サーヤはけろりとした顔で頷く。
「はい、三回程」
「三回も!?」
「えぇ。とても助かりました」
「助かった!?」
宙賊とは航宙船や航宙艦を主に襲い、金品や人を盗んでいく賊のことで、人の生存圏内であれば不思議とどこでも遭遇する可能性のある賊のことだ。
その規模や構成は様々で、強さもピンからキリまであるのだが、この賊が出現したことによって助かることなど何一つないと断言して間違いないとシオンは思っている。
何せノワール家領内においても毎年それなりの被害を出している存在で、この宙賊への対策費用にシオンは頭を悩ませているくらいなのだ。
「助かったとは……?」
「彼らは大量の資材を運んできてくれましたので、建材等をかなり買わずに済みました」
「資材?」
「はい。性能は劣悪な代物でしたが、分解して再使用する分には許容範囲内でした」
サーヤのいう資材という物が一体何を指し示しているのかを、シオンはなんとなく理解する。
それはつまり宙賊が乗っていた航宙船である。
つまり魔王城にはシオンの知らない何らかの機能があり、それによって宙賊達を撃退した後、彼らが乗っていた船を材料として使ったということらしい。
「えぇっと……ちなみにその宙賊達は一体どこへ?」
「さぁ? 宇宙の藻屑と消えた、とかでしょうか」
宙賊は犯罪者として裁かれなければならず、生存者がいるのであれば引き渡してもらおうと思ったシオンはサーヤの返答を聞いてそれをきっぱりと諦めた。
考えてみれば、魔王城には人の命を魔力へと転化させる設備があり、どうせ裁判にかけたところで極刑が決まっているような宙賊達をサーヤ達がどう扱うかはなんとなく察することができる。
藪をつついて蛇を出すこともないだろうと口を噤むシオンに対し、サーヤはただにこにこと笑顔を見せ続けるばかりであった。
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美人のにこにこ顔は時としてとても怖い。




