目覚めた魔王さま
目を開くと何も見えない。
広がっているのは暗闇ばかりで、耳に入る音は自分の息遣いくらいだ。
自分は誰であったのかという自問に答えはすぐに出た。
魔王アイン・ノワール。
雑事を配下に丸投げし、魔王城の玉座にて眠りこけていた存在だ。
何も見えないのは灯りのない闇の中にいるからだろうが、魔王たるアインにとって闇を見通すことなど操作もないことであるはずだった。
しかし、今は何も見えない。
これはどうしたことだろうかと頭を振ってみれば、長々と伸びた髪が体へとまとわりつき、さらに床にまで伸びてしまっているようで思うように身動きがとれなかった。
軽く苛立ちながら、アインは着ていたローブの隠しに何かこういう場合に役立つものはなかっただろうかと考えて手を伸ばしてみたのだが、何故か自分がほとんど衣服を着ていないということに気が付く。
全裸に近いが全く何も着ていないというわけではなく、ぼろ布のようなものが腰から下を覆っているように感じられる。
一体何が起きたというのか。
とにかく状況を確認しなくてはとアインは体にまとわりつく髪の毛を魔力をまとわせた手刀で無造作に切っていく。
長い髪の毛をばっさりと切り捨ててしまうと頭がさっぱりとし、多少気分がよくなったのだが、髪を切るのに使った魔力があまりにも弱々しくなっているということを感じる。
これは相当長く眠りこけてしまっていたようだとアインは苦笑しつつ立ち上がった。
切った髪が体から滑り落ちていき、腰から下を覆うぼろ布がずり落ちてしまわないように適当に結んだアインは歩き出そうとしてよろめき、倒れてしまわないようにと足に力を入れてどうにか踏みとどまる。
体がかなり弱っているようであった。
絶対に起こすなと命じたので、誰も起こしに来なかったということは当たり前なのだが、まさか体に不調をきたすくらいに眠りこけてしまっていたというのはアインに取っては予想外である。
誰か呼ばなくてはと声を出そうとしたのだが、口から漏れ出たのは声とはとても言えないような掠れた息の音だけであった。
「動体センサー、作動」
どこかで男のものとも女のものともつかぬ声がして、アインは身構える。
魔王の視線をもってしても何故か見通せない闇の中で、その一点に赤い光が灯っているのが見えた。
声はそこからしているようで、目を射るような赤い光にアインが顔をしかめていると、声はさらに鳴り響く。
「動体センサー作動。管理者へアラームを通知。モニターを起動します」
何が起きているのかと見守るアインの視線の先。
赤い光が灯っていたところに何やらぼんやりと光る板のようなものが見えた。
何かの魔術かとその板をアインが見ると、突然そこに一人の女性の姿が現れる。
長い黒髪を頭の高い位置で結わえ、気の強そうな顔立ちをしたその女性はアインの見知った顔であった。
ただその顔を最後に見た時には全身を覆う板金鎧に大剣を担いだ姿だったはずなのだが、今の彼女はどことなく金属的な輝きを帯びたみたこともないようなデザインの衣服に身を包んでいる。
大きな机に座り、何か書類らしき物を前にしていたその女性は、アインとは目をあわそうともせずに面倒そうな雰囲気で頭をぽりぽりとかく。
「またネズミですか? この忙しい時に煩わしい……」
「誰がネズミか? 死にたいのか?」
どれだけの時間が経過しているのか把握してはいないアインなのだが、そこに映っている女性の態度は明らかに王に対するものではない。
記憶の中の彼女はもっと礼儀正しく敬意を持って自分と対峙したものだったがと思いつつ、アインは声が出たことに少しだけ安堵する。
「状況を教えろシオン。俺はどれだけ寝ていた?」
「え?」
書類の山の中から顔を上げたのは、確かにアインが眠りにつく前に会話をしていた臣下のシオンであった。
ただ、とアインは眉根を寄せる。
シオンはアインの配下の中でも名うての剣士であり、その体つきはかなりがっしりとしていて背丈も高い男勝りの偉丈夫であった。
その記憶と比べると、光る板の中にいるシオンは体つきがかなり華奢なものになっており、背丈もなんとなく低く、顔つきに少しだけだが幼さが見える。
「どうしたシオン? 俺は報告をしろと命じたつもりなんだが。聞こえなかったか?」
人族は年を取ると背丈が縮んだり、思考が幼いものへと変化したりするということがあると言うことをアインは聞いたことがあった。
魔族にそういった現象が起きるとは聞いたことはなかったのだが、もしかすると例外的に起こりうることだったのかもしれない。
そんなことをアインが考えている間、。シオンの視線はぴくりとも動かず、口はぱくぱくと開いたり閉じたりを繰り返すばかりで、その口から何か意味のある言葉らしきものは吐き出されて来なかった。
どうも自分は相当長い時間眠っていたらしく、見た目は変わらなくともシオンはボケてしまったらしいとアインが会話を諦めかけた時、ようやくシオンが言葉らしい言葉をその口から発する。
「魔王アイン……?」
「貴様いつから俺をそう呼べるほど偉く……いや名前は勝手に使えと言ったか」
呼び捨てにされたことに少しばかりかちんときたアインだったが、その名はシオンに使っていいと許したものであり、多少雑に扱われたとしても仕方がないかと考え直す。
しかし、続くシオンの言葉は聞き流すことのできないものであった。
「本当に生きて……?」
「なんだ貴様? 俺を害するつもりだったのか?」
寝首をかく、あるいはかくつもりだったのだとすれば、シオンはアインの敵に回ったということになる。
自分が寝ている間に自分が持っていた権力などを我が物として使っていれば、そういった勘違いをしてしまうのも無理はないかと、少しだけ嫌な気分になりつつもこれからこれをどう処してやろうかと考えていると、光る板の中にいるシオンが椅子を蹴って立ち上がった。
「第一種警報発令! 各員は速やかに対応武装……じゃなくてなんでもいいから持ち出して封印の間を包囲!」
「ほぅ?」
言っている意味はよく分からない。
しかし何か派手なことがこれから起こりそうだということは、遠くで鳴り始めた笛なのかなんなのかよくわからない甲高い音が教えてくれた。
「これはまた。なんだか少しは面白そうだな」
少なくともまた眠りにつきたくなるようなことだけはなさそうだと、アインはにやりと口を歪めるのであった。
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