ごくつぶし、ではない魔王さま
「と、ところでその……魔王城の方は順調なんですか?」
気分と共に話題も変えてしまおうとシオンが切り出すと、アインは少しだけ顔を曇らせる。
何かうまくいっていないのだろうかと心配になったシオンは、アインの答えを聞いて肩をコケさせた。
「とても順調だな」
「表情と答えが合致していませんが?」
「俺が予想していたのと何か違うからなぁ」
死刑囚の命を使用した魔力の生成システムを、アインは順調に行くわけがない代物であると考えていた。
命を消費するという点で、誰からも忌避されるであろうと考えていたからだ。
だが実際にふたを開けてみれば、中古とは言え航宙艦が一隻使え、サーヤをはじめとした十数名の部下が手に入り、何百人もの死刑囚をシオンから手に入れることができてしまっている。
「あいつら、張り切りすぎなんだよ……」
生成システム自体は魔王たるアインが手ずから作成したもので、不備などあるわけもなく、管理するための手も足りているとなれば結果はおのずとついて来る。
「生産量がなぁ……予定の十数倍に……」
アイン自身の力の補充に加えて、サーヤ達に使わせる分の魔力を渡してやったとしてもまだ余る。
航宙艦魔王城の強化に一定量を回し、残りは貯めておいてあるのだが、今のところ何かに使う予定がないままに貯まっていく一方なのだとアインは言う。
「うまくいきすぎていて怖い」
「そういうものですか?」
「俺の知らないどこかに致命的な落とし穴があるんじゃないかと疑うようになってしまう。まぁ貯まる分に関しては余裕ができるからいいことではあるんだが」
手当たり次第にノワール領にいる中年以上の男女を片っ端から若返らせてみようか等と考えるアインなのだが、サーヤのような人材をさらに引き当ててしまうと、なんだか怖いことになりそうで実行には移していない。
そんな偶然はそうそうないだろうとシオンは思ったのだが、サーヤに言わせるとノワール領は古くから状態が安定している領地で、比較的善政が敷かれており、サタニエル王国の中心部から程よく遠いために軍属などの引退先として人気が高く、サーヤ達のような経歴を持つ人物がちらほらと流れ込んできているらしく、アインがそれを引き当ててしまう確率はそれほど低いものでもないらしいと言う。
「私としては領内にいくらか還元してほしいところですね」
「領内に?」
「えぇ、魔王城の強化にそこそこのコストがかかっていまして」
サーヤ達に関しては、元々がシオンの所の使用人であったので、追加でコストがかかるようなことにはなっていない。
アインに譲った航宙艦も、元々は廃棄予定だったものを渡しただけであるので、維持費は多少かかっているものの、負担に思うほどのものではなかった。
問題はこの航宙艦魔王城が、魔力を消費しつつ行っている自己強化である。
アイン曰く、魔王城自身がアインによって施された魔力により、魔力を消費して錬金術を行使することによって自身の強化や機能の追加を行っている、らしいのだがこの作業には魔力のみならず様々な資材が消費されるのだ。
もちろん、この資材というものは無料で手に入るものではない。
「現在はプールしてあった予算を切り崩して対応していますが、そろそろミドルシップ級ならば二、三隻くらい建造できそうな金額になってきているんです」
「なるほど。つまり使った分の金くらいは稼ぎ出して来い、このごくつぶしめと」
「言ってませんよ!?」
「似たようなことではないのか? 成果の見えない所に資金を注ぎ込み続けてはいられないということだろう?」
「それはまぁ」
「しかし、アレの真価はそれこそ戦争でも起きなければわからないだろうからなぁ」
「それですと当分はわからないままになりそうですね」
戦争なんてものはそうそう起きるものではありませんからとシオンは笑う。
そんなシオンに対してアインは小さく鼻を鳴らし、髪をかき上げながら尋ねた。
「で、俺に何をして欲しい?」
「私としては逆に、どのようなことでしたらやってもらえるのかなと」
「大抵のことはできる。俺は魔王だぞ?」
「それは分かっていますが……王家を討伐してきてくださいとお願いしてみたところでそれは無理でしょう?」
「倒してくればいいのか?」
何の気負いもなく、ちょっとその辺までの買い物を頼まれたかのようにふるまうアインの様子に、シオンは慌てて首を横に振る。
「止めてください。今の王家は比較的穏やかな善政を敷いているともっぱらの評判なんです。うちもそれなりに忠誠を向けている相手ですし」
「そうか? では近くの邪魔そうな貴族でも潰すか? それとも領内の不穏分子のあぶり出しと殲滅でもしてやろうか?」
「すみません。もうちょっと穏便な辺りを」
「魔王に穏便なことを頼むのはどうかと思うんだが」
魔王とはそもそもその存在自体が殺伐としたものだろうにとアインは考える。
「サーヤのような人材を若返らせてやってもいいし、不治の病にある者を治してやってもいい」
「できるんですか?」
シオンが驚くのも無理はない。
現代医学は二千年前のものと比べれば相当に進歩しているはずのものではあるのだが、それでもやはり不治の病というものは存在する。
原因不明の難病など数え上げれば嫌になるくらいにあると言うのに、アインはそれが治せるというのだ。
使い方さえ考えれば、地位も名誉も財産も思うがままである。
「最悪、悪い所を切り落として。死ぬ前に再生してやれば治る話だしな」
「遺伝関係の病気だとダメっぽいですねそれ」
「健康な体に霊魂を移植してやる方法もあるが?」
「それって倫理的にどうなんでしょう?」
クローン体を作る技術は既にあるのだが、他人の体に脳を移植しようとするとまず拒絶反応が出て失敗する。
しかし、アインの方法を採るのであれば拒絶反応は起こりえない。
ただこの場合、どうやって移植元の本人であるかを証明するのかという問題が発生するが、少なくとも死を免れることはできる。
「俺にできないのは死者蘇生くらいか。そっちも条件付きでよければなんとかしてやれないこともないが」
「何か、お金の気配がしてきました」
これならば、航宙艦数隻分くらいの費用などすぐに捻出できてしまうのではないか。
そんなことを考えながらシオンはアインの力の使用と、周囲に与えるかもしれない影響とを頭の中で検討し始めるのであった。
ブクマや評価の方、よろしくお願いします。
一日一万PVは素直にすごいと思うのです。




