決闘開始の魔王さま
かくして話はノワール領本星にある練兵場へと移る。
白兵戦などの訓練に使われるこの施設はとにかく頑丈に作られており、中で少々の実弾や爆薬を使ったとしても全く問題のない設計になっていた。
もちろん、それだけの頑丈さを持たせるためにかけられた費用は相当な額に上るのだが、その割にあまり使われることのない施設でもある。
「なんだあれは? またゴーレムの類か?」
練兵場に現れたダリルを目にして、アインがまず口にした言葉がそれであった。
「あれは戦闘用強化外骨格、通称パワードスーツです、アイン様」
アインの言葉に対して、アインが装備しているイヤホン型の通信機越しに答えたのは、今回の件でアインのオペレーター役を買って出たサーヤである。
この役、本当はシオンがやりたがった代物なのだが、今回の件においては中立の立場でないと問題があるだろうと諭されて、渋々諦めていた。
「バウマイスター社製C2022型強化外骨格。右手に単分子ナイフ。左手には三連装パルスレーザーを装備しております」
「なるほど、全く分からん」
「右手によく切れるナイフ。左手には三連で光弾を吐き出す装置がついています」
「それだけか?」
「腰のふくらみの部分はおそらくテルミット……いえ、とても温度の高い炎を生じさせる手投げの道具です。生身で受ければ瞬時に骨まで灰になります」
「ふむ?」
「その他、装備者の身体能力を十倍程度まで引き上げるアシスト機能や暗視能力、防御用のフォースフィールドシステムも装備しております。かなり値段の張る代物でして、男爵家の食い詰め如きに手が出せる代物ではありません」
「よく分からないが……すごいのか?」
サーヤの説明を今一つ理解できていないせいなのか、驚いた様子もなく聞いてくるアインにどう説明したものかと少し頭を悩ませたサーヤは、やがて一つの答えにたどりつくとそれを言葉にする。
「伝聞致します、勇者に匹敵しますかと」
「なんだ、つまらん」
魔王に対抗することができる唯一の存在である勇者を引き合いに出すことで、アインに危機感というものを感じてもらおうとしたサーヤだったのだが、それに対するアインの反応はあまりにもあっさりとしたもので、サーヤは自分の目論見が外れたことを知る。
「怖気づくことなくよく来たな」
練兵場の中心でアインと向かい合うダリルの声は、フルフェイスの頭部ガードに装着されているスピーカーから流れているせいで、やや聞き取りづらかった。
さらに、本来は訓練状況を見守るために備え付けられている観覧席には、ダリルが連れて来たらしい大勢が陣取り、ダリルへの声援やアインへの罵声を上げているせいで、聞き取りづらさに拍車がかかっている。
「だが、その格好はなんだ?」
ダリルにそう言われてアインは自分の体を見下ろす。
がちがちに武装しているダリルとは対照的に、アインは武装らしい武装を身に着けてはいなかったのだ。
服はただ動きやすくて丈夫な訓練用のものであるし、武器の類も持ってきていない。
「さては勝ち目がないと悟って、早々に降伏でもするつもりか? 情けない」
「情けないとはこちらの台詞だ」
嘲笑するダリルに対してアインが向けたのは憐みの視線だ。
思わずたじろいだダリルへ、アインは頭を振りつつ言う。
「魔族たる者が自らの体一つで戦うことをせず、そんな人形に隠れないとならないとは、なんとも情けない」
「な、何?」
「魔族とは何たるかということを教育してやろうと思うが……殺さずに済ませる自信があまりない」
その言葉を耳にして、観覧席の一つで状況を見守っていたシオンが盛大に顔を引きつらせたのだが、ダリルの方の装備こそ完全にアインを殺しにかかってきている代物であり、何も言うことができなかった。
「まぁ軽く臨死体験をしてくるというのも悪くはないかもしれないぞ」
「何をほざく……」
アインの言葉を挑発と受け取り、すぐにでも決闘を始めようとするダリルの様子にこれ以上二人に会話をさせてもただ雰囲気が悪くなるだけだろうと、シオンは部下に合図を出し、決闘の開始を告げるブザーが鳴り響いた。
「喰らうがいいっ!」
先手を取ったのはダリルであった。
右手のナイフが振り上げられ、アインの右肩へと大気を裂いて振り下ろされる。
腕の一本も切り落としてやれば、戦闘を続行することはできなくなるだろうと考えてのダリルなりの手加減した一撃。
切れ味の鋭いナイフで切ってやれば、今の医療技術であれば問題なく接合してやることができるし、後遺症も残らない。
そんなことを考えながら放たれた一撃は、ダリルの予想に反して振りぬかれることなく途中で受け止められる。
「何っ?!」
ダリルの一撃を受け止めたのが何らかの武器や防具であったのならば、ダリルもそこまで驚くことはなかったのだろう。
しかし目を疑うことにダリルの一撃を受け止めたのは、あろうことかダリルが切断するべく狙って一撃を放ったアインの肩そのものだったのだ。
慌てて当てた刃を引き戻せば、アインは刃の当たっていた場所を軽く手で払う。
もちろん、そこに傷などない。
服すら切れていない結果に、ダリルはうろたえる。
「個人用のフォースフィールドでも仕込んでいたのか!」
生身でも携帯できる装置があるということをダリルは聞いたことがあった。
要人警護用の装備なのだが、使い捨てな上に非常に高価な品物であるらしい。
「どこからそんな物を調達したのかは知らないが、無意味だっ!」
要人警護にそれが使えるのは、不意の一撃を防ぐことが可能だからなのだが、連続で攻撃を受けるような場合には、使い捨てのその装備ではすぐに効果がなくなる。
装置のエネルギーが切れるまで切り続ければいいとばかりに猛然とアインへ切りかかるダリルだったのだが、アインの体へと何度も振り下ろされたナイフはそのことごとくが服に切れ目を入れることすらできないままに弾き返されてしまう。
「こんな馬鹿なことが……」
「親切で言ってやるんだが。効果のない武器は諦めて、他の武器を試してみた方がいいんじゃないか?」
棒立ちのまま、ただ攻撃を受け続けていたアインにそう言われて、ダリルはナイフによる攻撃を諦めると一度大きく飛び退ってアインとの間合いを取るのであった。
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