やや蚊帳の外の魔王さま
航宙艦魔王城から地上へと戻ったシオンはまず、アインから要求された死刑囚を三百人ばかり追加で航宙艦へ移送する手続きを行う。
死刑囚は年々その数が増えていく傾向にあるのだが、執行役を拒否する者が多く、シオンがいくら執行書にサインをしても執行されないまま新しく入ってくる囚人ばかりが増えていくという悪い状況になっており、コストはかさむ一方であった。
そんな状況下でごっそりと囚人が減ったことにより色々と助かる面があったので。シオンとしてはこのままアインを執行役に任命してしまおうか等と考えてしまう。
それはさておき、必要な手続きを手早く済ませてしまうとシオンは、執務室の通信からダリルを呼び出した。
直接顔を会わせると何かしら面倒な気がするので、画面越しにシオンは決闘に日取りと方式をそろそろ決めようかと思っていることを告げる。
「待ちくたびれましたな。てっきり尻尾を巻いて逃げ出したものかと」
アインは航宙艦に入り浸っているので、地上ではその姿を見なくなっている。
逃げ出したのかと思うのも当然かなと思いつつシオンは言う。
「私としては無意味な決闘など、中止して欲しいんですけどね」
「閣下があのごろつきとの婚約を破棄して下さるなら中止しますが?」
シオンにはアインとの婚約を破棄するつもりなど毛頭なかった。
仮にそういうことになったとしてもダリルがその空席に座れるわけではなく、他家の子息たちとの小競り合いが復活するだけだろうにとシオンは小さく息を吐く。
「決闘の方式と日時を決めてください。ただ準備には三日はかかると思ってください」
「まだ引き延ばされるおつもりか」
嫌そうな顔をするダリルにシオンは無表情な顔を向けた。
その仮面のような顔と感情の見えない視線に何かを感じたのか、ダリルが口を閉ざす。
「私としては気の進まない、やりたくもない余計な仕事を仕方なくやっているのだ、ということをお忘れなく」
「わ、分かりました」
「それで?」
苛立ちを隠すことなくシオンが尋ねるとダリルは咳払いを一つして気を取り直してから、決闘の日時と方法を口にする。
「では四日後に。一対一でいずれかが降参するまで」
ダリルが出した条件はシオンも予想していたものだったが、やはりそう来たかと思わず溜息が出る。
いずれかが降参という条件は、実力に相当な差があれば、一方的に片方が勝利を納めて命のやりとりに発展することは少ないが、そうでない場合は互いになかなか負けを認めることができないままにずるずると戦いが長引き、気付けば手遅れになっているということが多い。
さらに片方に殺意があれば、相手が降参を言い出す前にやってしまえばいいという、とにかく死人が出やすい条件なのだ。
「何か?」
「いえ。場所に希望はありますか? なければ当家の練兵場となりますが」
シオンが心配していたことの中に、アインが魔王城を離れても魔力が使えるのか、というものがあった。
使えないとなれば何かしらの強権を発動させてでもダリルを魔王城へ送り込む気だったのだが、これはアイン自身から問題ないと言われている。
準備に三日かかるというのもアインが指定してきた必要とされる時間であるので、この時点でシオンがやるべきことは全てクリアになったと言えた。
「練兵場ですか? まぁいいでしょう」
戦場で主に活躍するのが航宙艦であるとは言っても、兵士の出番が全くなくなってしまったわけではない。
戦闘中に接舷することに成功すれば、兵士同士の白兵戦が行われることは全く珍しいことではなかった。
そのために、地表や宇宙空間には訓練用の練兵場があり、その空間は少々派手なことをしても周囲に被害を及ぼすことがないように広さと耐久力とを持たされている。
「上と下と、どちらか希望はありますか?」
上、つまり宇宙空間の練兵場ならば無重力状態での戦闘となり、下である地表でならば重力下での戦闘となる。
状況によって得手不得手もあるだろうから選べというシオンに対し、ダリルは余裕たっぷりと言った雰囲気で答えた。
「それは奴に選ばせればいいでしょう。私はどちらでも構いません」
いずれを選ばれても勝つ自信があるらしいダリルの態度に、シオンは特に思うところもなくひょいと首をすくめるとこう答える。
「では地表で」
これは予めシオンがアインに確認しておいた事項であった。
アイン曰く、無重力というものに慣れるのには今しばらくの時間が必要と思われるので、できれば地表での戦闘を希望するとのこと。
ちなみに魔王城にいるサーヤをはじめとしたメイド達は無重力下も慣れたもので、アインから手解きをされた魔術により弱い力場を作るなどして体勢を整えているらしいのだが、アインはまだその域に到達できていなかった。
「了解致しました」
「では四日後に。地表の練兵場にて決闘を執り行います。他に確認しておきたいことはありますか?」
「私は奴に、決闘に勝った後に閣下との婚約を辞退するように要求するつもりですが……」
「アインが勝った場合に何を要求する気か、気になりますか?」
白々しいなと思いつつシオンが尋ねるとダリルは頷く。
勝ち負けもなにも、ダリルはおそらく可能ならばアインを殺しにかかる気だ。
だというのに自分が負けた場合が気になるのかと、シオンは呆れる。
自分が殺すつもりでいるというのに、何故相手も同じことをすると考えないのだろうかと。
しかし、一応釘は刺してある。
アインがそれを守ってくれればいいなと思いつつ、シオンは言った。
「私と彼との婚約に異を唱えず、周囲にもできるだけ同じことを求めること。それだけです」
「なるほど」
そうなるといいですなと笑うダリル。
面倒を避けるためとはいえ、何故自分がこいつの命の心配をしてやらなければならないのだろうと思いつつも表面上は穏やかに、そうですねと微笑んで見せるシオンであった。
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予約投稿だと投稿時にどうなっているのか分からないのがネックですわ。




