こんなことしてた魔王さま
決闘騒ぎの当事者となった時。
アインがまず行ったのは自分の現在の状態把握であった。
二千年も眠っていた結果として、なにがまだできて、なにができなくなっているのかということを理解しなくては、アインが魔王であるということを知らなかったとは言え生意気にも噛みついてきた者に身の程と言うものを教えてやることができない。
現在の魔族の能力と言うものがどの程度の物なのか分からないので、とりあえずは眠りにつく前に飽きる程始末してきた人族の勇者くらいと仮定してみる。
その結果、アインが昔の勇者と対峙した場合、抵抗らしい抵抗もできないままに殺されてしまうだろうということが分かった。
やはり二千年という空白は大きいなとアインは思う。
死んでいないこと自体が異常と言う考えがふと頭をよぎったりもしたのだが、生きているのだから仕方ないじゃないかとそれは無視する。
それはともかくまず体全体において、筋力が著しく低下してしまっていた。
使っていないものが長い年月によって衰えてしまうというのは当然のことである。
二千年もの間、ただ眠りこけていたアインの体からは筋肉がすっかり抜け落ちてしまっていたのだ。
日常生活を送るのには支障がない程度には残っていたものの、とても戦闘に臨めるような体ではない。
問題としてさらに深刻なのは、内包していた魔力がほぼ空になってしまっているということであった。
体の方が弱っていたとしても、魔力によって補強し、魔術を主体とした戦い方に切り替えてしまえば、勇者の十や二十は倒し切る自信がアインにはある。
しかしこれは魔力というものが使えるからこそできる話であって、それなくしては成立しない話だ。
二千年前ならば魔力は大気に満ちており、放っておいても勝手に回復したものだったのだが、人々が宇宙とやらに進出するようになったこの時代では、理由は不明ながら大気に魔力は含まれておらず、人は魔術を使えなくなっているらしい。
さて、どうしたものかとアインは考える。
ダリルと決闘するにあたり、このままでは身の程を教えてやるどころか、魔王など時代遅れの骨董品なのだと分からされてしまいかねない。
それはなんとも情けのない話だなと思うアインは、自分には二つの選択肢があるなと考える。
一つは体を鍛えなおすこと。
魔王の体は魔族の中でも特に強くなる可能性を持っているはずで、今は鈍ってしまっているものの、鍛えなおせば魔力なしでも勇者の一人や二人くらいならば軽く捻ってしまうことが可能になるだろう。
もう一つの選択肢は、どうにかして魔力を使えるようにすること。
弱り切った体でも、魔力による強化を行うことができれば、物理的な限界を突破してしまうことは難しくない。
いずれを選択するにしても、ダリルを打ち倒すことはできる。
問題はそれが実現可能なのかという点だ。
いかにシオンが決闘までの時間を稼いでくれるとはいっても、まさか年単位で引き延ばすような真似ができるとは思えない。
そう考えれば、体を鍛えなおすというのは論外であった。
いかに魔王の体とはいっても、数日鍛えただけで二千年前の能力を取り戻すことができるわけがない。
だとすれば、残されている手段は魔力を使えるようにするというものしかなかった。
その為に必要だったのが、大量の死刑囚と隔離された空間である航宙艦だったというわけである。
準備には非常に手間がかかった。
用意された航宙艦が古いのは別に構わなかったのだが、シオンの所から寄こされた人員が中年男性や中年女性ばかりであまり力仕事ができなかったからだ。
それでも手分けして航宙艦の一区画を完全に閉鎖して独立した空間とし、必要な術式を魔王の血をまぜたペンキで内壁へと書き込み、送られてきた死刑囚達にガスを吸わせて意識を刈り取ってからその独立した空間へと放り込み、棒切れや切れ味の悪いナイフを追加で放り込むことで準備は終了する。
「シオンに頼んでいなかった小道具や機材の手配をやってくれて助かった。名はサーヤだったな? 魔王としてその労働に対する報酬を支払うぞ。何がいい?」
「あらあらまぁまぁ。それでしたらそうですねぇ。少し若い頃に戻って陛下にお仕えすることができれば幸せですわねぇ」
「若返りか。分かった。しばし時間をもらう。悪いようにはしない」
人員や機材の取りまとめを担当していた、派遣された人員の中で最も年上であったサーヤは、魔王を名乗るアインに完全に冗談で答えたつもりだったのだが、後々この世には自分では理解不能な存在がいるのだと言うことをきっちり思い知ることになる。
それはともかく、アインはガスの影響が薄れ、次々に意識を取り戻しては自分達のおかれている状況がよく分からずに口汚く罵り始めた死刑囚達へ、艦内放送を使って話しかけた。
「とりあえず黙れ。お前達に選択の余地などない。お前らの入っているそこは出口が一つしかないが、そこから出れる奴は一人だけだ。誰が出るかはお前達に任せる。好きに決めればいいが予め言っておくと時間は有限だ。大事に使うといい」
ここで死刑囚達が平和的に話し合いを始め、一人だけを外に出すという選択をしたのならばアインの目論見は崩れ去ってしまうところだったのだが、そんなことができるようならば最初から彼らは死刑囚になどなっていなかっただろうなと、アインは放送を切りながら思う。
放送を切ってからすぐに、アインは艦内に書き込んでいた術式からゆっくりとではあるのだが魔力が流れこんでくるのを感じ取った。
人が抱く恐怖や怒り、争いによる苦痛やもたらされる死と言ったものは容易に瘴気へと転じ、瘴気は少し加工してやることですぐに魔力にしてやることができる。
数百人からの死刑囚達が最後の一人となるまでに、どれだけの苦痛と死がそこで生み出されるというのか。
そして最後の一人が吐き出す恐怖や怒りはどれほど強烈なものになり、それが魔力へと転じたのならばどれほどの量になるのか。
「サーヤを若返らせて、艦の改造もやって……俺の強化とダリルとやらの始末までやって足りるか? 足りないか?」
シオンに死刑囚の追加を催促するべきだろうか。
そんなことを考えながらアインは順調に体へと流れ込んでくる魔力の量ににんまりと笑ったのであった。
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