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不貞寝をする魔王さま

 あれは酷い体験だったなとシオンが昔のことを思い出していると、主たる魔王アインから不思議そうな視線を向けられて慌てて意識を現実へと引き戻しつつ、何かを誤魔化すかのように咳払いを一つ。

 ついでに放置されていた最中にリジェネレーションのスキルか支援魔術かで、いくらか体力を回復していたらしい勇者がもぞもぞと動き始めていたので、背中の大剣を抜いて背中から串刺しにしておく。


「おい、床石が壊れたぞ」


「後で修復させておきます」


 苦痛の声を上げて、背中から自分を貫いている大剣を抜こうともがく勇者なのだが、体勢的に無理であるのと、魔族の力で突き立てられた大剣が深々と勇者の体の下にある床石まで貫いてしまっているので抜ける気配はなかった。

 いかに徐々に体力を回復してくれる何かしらの支援があったとしても、体を貫いて床に貼り付けられてしまった状態では回復などままならない。

 その内、力尽きるだろうとシオンは放っておくことにする。

 そんなことよりもシオンには、先に考えなくてはならないことがあった。

 魔族全体から見て有力者として数えられているシオンから見たとしても、存在自体が何かの間違いであるとしか思えないアインには、いくつかのよくない性格やクセのようなものがある。

 それが残忍さであるとか冷酷さであるというならば、まだ魔王らしいからと無視することができた。

 そんな魔王に仕えるのは大変だろうなとシオンは思うのだが、相手が魔王だと分かって仕えているのであるから魔王らしく振舞う分には仕方ないことだと諦めるしかない。

 しかし、アインの持つよくない性格。

 それは気分屋で飽きっぽいというあまり魔王らしからぬ代物だったのだ。

 気分屋というところは自分勝手なのだと変換すればまだいくらか魔王っぽく聞こえなくもない所ではあるのだが、飽きっぽいというのは非常にいただけない話であった。

 何がいけないのかと言えば、すぐに魔王を辞めたがるのだ。

 シオンも、アインから現魔王の座を譲ろうかと持ち掛けられたことが何度もある。

 もちろんシオンはそのたびに断っていた。

 何せシオンは元々魔王候補の一人であり、アインがどれだけ常識外れな力を有しているのかを目の当たりにしているのだ。

 道理の分からなかった昔ならばいざ知らず、今となっては自分の能力でアインの代わりができるとは毛の先程にも思えない。

 そう思うからこそシオンの危険を察知する勘のようなものは、アインが発した一言を非常に危険なものとして認識していた。

 気分屋の飽きたという言動は、下手をすれば何もかもを投げ出して、どこへともなく雲隠れされてしまいかねない。

 そんなことをされてしまったのでは、今の魔族はどんな状態に陥るのか。

 シオンは考えたくなかった。

 ここは何かアインの興味を惹くようなイベントを引き起こすしかないと考えるシオンなのだが、では具体的に何をすればいいのかと考えると皆目見当もつかない。

 何せ、相手は気分屋である。

 テーブルの上から箸が転げ落ちただけでも大笑いすることもあれば、目の前で数百から数千の人族や亜人族が吹き飛ぶ様子を見ても、つまらないの一言で切って捨てることもあるのだ。

 これをやっておけばとりあえずは事態の好転が見込めるといった定番の手法が確立していないために、シオンは魔王の側近として毎度頭を悩める羽目になる。

  その辺に掃いて捨てる程いる権力者達のように、色なり金なりに興味を示してくれるのならばとても楽なのにとシオンは思うのだが、アインは金の方にはまるで執着を示さない。

 異性に関しては、世継ぎの関係なりなんなりと色々と面倒な問題があるのでシオンも試してみたことはなかったが、アインも男性である以上は女性にまるで興味を抱かないということはないとは思われるものの、この魔王が色事に耽る姿というものがシオンには全く想像できなかった。

 しかし、万が一ということもある。

 戦闘能力のみならず、顔立ちや体つきも美女と呼ばれて差し支えない自分なのだから、ここはいっそ諸肌脱いで我が身を使って試してみるというのも悪くないのではないかと、シオンがやや危険な思考に陥りかけていると、床に倒れていた勇者達一行の体が一斉にはじけ飛んだ。

 赤いのは血だろう。

 ピンク色は肉片で白いのは骨。

 黄色は脂肪で人を切ったり潰したりバラしたりすることがあるならば、目にすることも珍しくはない色なのだが、唐突にそんなものが宙を舞えば、シオンとて少しは驚く。

 しかしそんな驚きは、アインの次の言葉によってもたらされた衝撃により、簡単に上塗りされてしまった。


「飽きた。しばらく寝る」


「はい?」


 飛び散った勇者達などどうでもいい。

 魔王を倒しに来たのだから、魔王に倒されることもきっと覚悟の上だろう。

 屍すら残すことなく無惨に粉砕されてしまったことについては、敵ながら哀れな最期だなとは思うものの、困るのは魔王の住む城に仕えている清掃員くらいなものだ。

 それについて考えることは一旦棚上げしておくとして、魔王アインは今何と言ったと言うのか。

 確認のために聞き直そうとするシオンであったが、そのシオンが口を開く前にアインが話し出す。


「俺は飽きた。さして面白いこともないというのに魔王なんぞやってられるか」


「陛下、それは……」


 恐れていたことが起きてしまったとシオンの顔が青ざめる。

 今、アインが魔王の座を下りてしまえば魔族はまた、次の魔王の座をめぐって争いを始めることになるだろう。

 それは避けなければならないと必死に考えを巡らせ始めたシオンへ、アインは言った。


「しかし、俺に辞められては困るんだろ?」


「は、はい陛下。それはもう非常に」


「だから寝る。ここで寝る。俺が起きるまでは絶対に起こすな。俺が寝ている間、俺の名前はお前が使っていい。上手くやれ」


「……御意」


 不安はある。

 しかし魔王アインが魔王のままでいてくれるというのであれば、辞められてしまうよりは何倍もマシな話で最悪の事態は回避されたと言えた。

 ここで下手に何かごねてみて、それならばと本格的に辞められてしまうのはシオンとしては本当に困る。

 ならば言われたとおりにやるしかないではないかとシオンは頭を下げた。

 こうして魔王アインはその名だけを残し、自身が表舞台へと出てくることはこれ以降なくなったのだ。

 アイン・ノワールの名前と本人とが、再び歴史の表舞台へと姿を現すことになるのは、それからおよそ二千年後のことである。

書き手にも燃料をください。

具体的にはほら、感想とか評価とかそーいうのです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 性的な欲求がないというのは強い生物ほど子供の数が少ない、みたいな感じなのだろうか。
[一言] 仕方ないにゃあ…… いいね!と星3をどうぞ!
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