お待ちかねの魔王さま
航宙艦に比べると連絡艇の大きさは人の体に対する指先程度の代物だ。
その連絡艇が指定された位置につくと、航宙艦の船体へ姿勢維持用のワイヤーを取付け、予め準備されていたハッチへ乗艦用のチューブが取り付けられる。
チューブの気密を確認した後、ハッチが遠隔操作で開かれると航宙艦内の空気が吸い出される形でチューブ内に充満。
しばしの時間をおいて、チューブ内の状態が航宙艦内のそれと同じ状態になるのを待ってからようやく連絡艇側のハッチが開く。
「閣下。護衛は?」
航宙艦への立ち入りが可能になったことを示す表示がハッチ横のモニターに出るのを見てから、歩を進めようとしたシオンに連絡艇の艇長が問いかける。
思わず足を止め、この人は何を言っているのだろうかと不思議がる顔を向けて来たシオンに艇長は言う。
「何やら雰囲気が妙です。念のために二名ほどつけるべきかと」
妙は妙だろうなとシオンはチューブの向こう側で口を開いている航宙艦側の入り口へと目を向ける。
ぽっかりと口を開いた入り口の向こう側にいるのは二千年も前に君臨していた魔王で、その下にいるのは魔王に何かされたのだろうと思われるメイドや執事達なのだ。
さらに領内から集められた死刑囚がわんさか乗り込んでいるはずなのである。
これで何も起きていないのだとすれば、むしろそっちの方が怖いとシオンは思う。
「部下にして婚約者の職場を訪ねるだけです。必要ないでしょう」
「しかし……」
「大丈夫ではないとするならば、二人護衛をつけても無駄だと思います」
焼け石に水とはこのことを言うのだろうなとシオンは思う。
たった二人の護衛程度でどうにかできる状態ならば、自分一人だけでも切り抜ける自信のあるシオンなのだが、そうでなければつけた護衛は無駄死にになる可能性が嫌になるくらいに高い。
「私の個人認証の追跡は続けてください。反応が消失した場合は即刻退去を。後のことは当家の弁護士に遺言書を託してありますので」
「それって本当に大丈夫だと思っていますか?」
心底心配していますということが分かる艇長の顔に、確かに今の発言はこれから死地に向かう兵士のそれっぽかったかなとシオンは思う。
「念のためです。念のため。とりあえず私が出発したらこちらのハッチへ閉鎖してください」
「本当に大丈夫なのですか……?」
「いやぁ……多分?」
聞く者が不安になってしまうくらいに自信なさげに答えたシオンはそれ以上の会話を避けるように連絡艇側のハッチからチューブへと抜ける。
連絡艇の艇内は疑似重力発生装置というものが働いていて、弱いながらに重力が作用しているのだが、チューブの中は完全に無重力だ。
移動は水の中を泳ぐような感じになるので、軍服や航宙艦勤務者の制服にスカートの類は設定されていない。
一度、どこかの軍でタイトスカートならばめくりあがることもなく大丈夫であろうと導入されかかったことがあるのだが、移動中後ろを進む者からはスカートの中身が覗き放題になるという問題点が発見され、見送られたという話があるとシオンは聞いたことがあったのだが、見送りになってくれて本当に良かったと思うのがこの移動中である。
少々くだらないことを考えてしまうのは軽い現実逃避だろうかと思いながらチューブの中を進めば、すぐに航宙艦側のハッチへと到着。
一瞬、ためらいを覚えはしたものの、ままよとばかりに意を決してハッチを潜ると、その先で見覚えのある人物が待ち構えていた。
「ノワール子爵閣下。当艦へのご来場。歓迎致します」
折り目正しくお辞儀をしてみせたのは、エプロンドレスに黒髪をボブカットにした少女。
本人の名乗りに嘘がないのであれば、サーヤ・フリーロックであった。
戸籍上ではふくよかな中年女性であったはずの彼女は、どう見てもぎりぎり成人しているかどうかという年代のスレンダーな体つきをした、少しばかりきつい印象を受ける少女にしか見えない。
ちなみに、魔族における成人年齢は八十歳からで、百五十歳くらいから大体中年と呼ばれるようになる。
そう考えるとサーヤは少なくとも外見上、七十歳も若返ったことになるのだが、それはシオンの目の前にいる少女が本当にサーヤ本人であった場合の話だ。
その辺りをどう確認したものかと考えるシオンはふと、自分の体がまだふわふわと浮いていることに気が付く。
どうやら航宙艦側のハッチ付近には疑似重力が働いていないようなのだが、そこまで考えたシオンは信じられないものを見る目でサーヤを見る。
彼女が身に着けている服はエプロンドレスで、当たり前のようにサーヤは裾がくるぶしまで届くくらいのロングスカートをはいていた。
そのスカートの裾が、全くめくれあがっていないのだ。
何らかの重りを仕込んであったとしても無重力状態では意味がない。
ちょっとした動きで裾は乱れ、めくれあがってしまうはずなのだ。
だと言うのに、サーヤのスカートはまるでそうであることが当然だと言わんばかりに少しの乱れも見せていない。
「何で?」
「質問の意味を理解しかねます」
驚きのあまり、色々とすっ飛ばしてただ疑問だけを口にしてしまったシオンに、サーヤは困ったようにそう返したのだが、すぐに気を取り直したのか小さく咳払いをしてからシオンへ言う。
「魔王陛下がお待ちです。まずはご案内をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
気の抜けた返事をしながらもシオンはアインが魔王であると言うことを隠していないこと。
そして艦内にいる人員がそのことを既に事実として受け止めていることを悟る。
隔離されている航宙艦内だからこそ、情報の拡散が防がれているものの、これが地表で行われてしまっていたらどうなっていたのか。
考えだすとなんだか色々と怖いことになりそうで、老朽艦一隻はそうならないための必要経費だったのだろうなと思ってしまうシオンであった。
ブクマや評価の方、よろしくお願いします。
四桁ポイント超えました。
ジャンル別にも総合にも名前が載ってます。
これも皆様方のおかげでございます。




