しでかしていた魔王さま
アインはシオンの領内で、シオンに匹敵するくらいの重要人物である。
その素性を不用意に領外へ知られてしまえば、サタニエル王国にどれだけの衝撃が走るか分かったものではない。
それ故に、アインの傍につける者の人選は慎重すぎるくらい慎重に行われ、口が堅く、それなりに年齢を重ねた者が選ばれている。
口の堅さは当然のことながら、何故年齢を重ねた者が選ばれたのか。
これには色々と理由があるのだが、第一の理由はシオンが若い女性をアインの近くに置きたくなかったということ。
アインは二千年前の魔王であるのだが、同時に若く健康な男性でもある。
何かしらの間違いが起きてしまえば、魔王の血を散らしてしまうことになりかねず、そうならないという保証がない。
また若い者は経験が足りておらず、アインを相手にどのような粗相をするか分かったものではなかった。
さらに実力が足りていないので、魔王を相手にすれば委縮してしまいかねず、魔王の傍にいる間に何か吹き込まれて、妙な思想に染まってしまう可能性もある。
そんなわけで、アインの身の回りの世話をする者達は中年から初老くらいの年齢の者が選ばれていた。
彼らは急遽、アインがシオンからもらった航宙艦で何か始めるのに合わせてアインの所へと送られていったのだが、その中に今、シオンが見ているような年齢の女性は含まれていない。
「まさか、密航者!?」
「子爵閣下。密航者はおそらくこんな堂々と顔を晒して通信に応対するような真似はしないかと愚考しますが」
道理である。
しかしだとすれば、堂々と顔を晒して通信に応対しているこのメイドの少女は一体どこの誰であるというのか。
もしや選考に間違いでもあったのだろうかと、机の上に別な画面を浮かび上がらせ、アインの所へ送った人員の再チェックを行おうとしたシオンへ、メイド姿の少女が言う。
「子爵閣下。私はサーヤ・フリーロックです」
少女の名乗りに、聞き覚えのある名前だなと思いながらシオンは、別画面の中に流れている人員リストの中から該当する名前を指で弾く。
シオンの操作に反応して、別画面の中に一人の中年女性の姿が映し出される。
体格はふくよかという表現がぴたりとはまるような感じで、白髪交じりの黒髪に人が好さそうな顔つきと、おだやかな感じがする婦人の姿にシオンは眉間のシワを深くした。
シオンが見ている中年女性こそ、アインの所にメイドの一人として送られたサーヤ・フリーロックその人だったからだ。
「どういうことなんです?」
見た目も年齢も、まるで違うとしか思えない二人の画像にシオンは戸惑う。
中年婦人の方は戸籍に登録されている情報であり、偽造は非常に難しい代物であるので、一番簡単に考えれば、少女の方が何らかの方法で身分を擬装しているのではないか、と思われた。
しかし、詐称だとするとならば何のためにそんなことをしているのかという疑問が生じる。
サーヤ・フリーロックという人物は貴族というわけでもなく、単なる平民でしかないので、なりすますメリットが何かあるようには思えない。
どこかから送り込まれた工作員やスパイの可能性も考えてみるが、なりすましのクォリティーがあまりにも低い。
一目見るだけで明らかに別人だろうと突っ込みを入れたくなる程度のなりすましで潜入できるほど、自領のセキュリティは弱くないはずだがと首を傾げるシオンに、通話中の少女が口を開いた。
「何か問題でも?」
「むしろ問題しか見えないのですが」
何にしても通話中の少女がサーヤ本人であるとは全く思えない。
だとすれば得体の知れない人物がアインの近くにいるという緊急事態であり、すぐにでも衛兵へ通報するべきかと別の通話を立ち上げようとしたシオンは、メイドの少女がはたと何かに気が付いたような表情を見せたので手を止める。
「失念しておりました」
「化けの皮でも被ってくるのを忘れてましたか?」
人工皮膚やら外骨格やらを使用すれば、外見だけならばどのような姿になることもまぁまぁ可能な話ではある。
しかしそれらの擬装は単純なセンサーなどで看破することができるので、バレずに他人になりすますことは難しい。
ただ難しいと言うのは不可能ということではなく、何らかの方法でチェックをすり抜けられたかと内心臍を噛むシオンに、少女はきょとんとした顔を向けた。
「化けの皮ですか? お化粧のことでしょうか」
「いや、そうではなく……」
「失念していた、と申し上げましたのはお化粧を忘れたというわけではありません」
「まぁそうでしょうね」
化粧でカバーできる範囲を大きく逸脱しているだろうと考えるシオンに、少女は少しはにかんだような表情を見せながら言った。
「実はこちらにご奉公に来ましてから見た目が少し変わりまして」
「少しってレベルじゃないですよ!?」
かたやきりっとした雰囲気の少女で、かたやどこかふんわりとした感じのする中年女性である。
誰がどう見ても別人だと判断するに違いなく、反射レベルで突っ込んだシオンなのだが、当の本人は少しも慌てる様子がないままに言う。
「少しばかり若返っただけで、そんなに見た目は違いませんでしょう?」
「完全に別人ですっ! って? え? 若返った?」
ぽろりとサーヤが漏らした一言に、シオンは二つの驚きを感じた。
一つはこのふくよかな婦人が若返ると、こんな気難しい猫のような感じに変わってしまうのかという比較的どうでもいい驚きだったのだが、もう一つの方はとてもスルー出来ない驚きである。
「今、若返ったっていいました!?」
「はい。ご主人様のお力によりまして」
ほんの数日、目を離していただけだと言うのに、あの魔王陛下は一体何をしでかしてくれたのだろうかと、シオンは頭痛を覚えつつ眉間を指で揉む。
「すぐそちらへ行きます。アインにアポイントを取ってください」
事と次第によっては決闘どころの話ではなく、現地で直接アインに話を聞かなければならない。
そう考えたシオンはサーヤと名乗る少女にそう指示を出すと、すぐに席を立ったのであった。
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ストックは残り六万字ちょっとです。




