何かやったらしい魔王さま
シオンがアインとダリルの決闘とやらの日時を延ばし延ばしにしてきたのは、何もアイン側の準備が整っていないからと言うだけの理由ではない。
シオンの配偶者という地位を狙っている者達からしてみれば、どこの誰とも分からないぽっと出の輩が唐突に、その地位に納まってしまっているのだから面白いわけがなかった。
自分がもし同じ立場に置かれていたのであれば、それは多少の嫌がらせやら何やらの一つや二つは仕掛けていただろうなと思ってしまうシオンだ。
しかし、冷静になって考えてみれば正式に公布されている話しではあるし、自分達よりも格の高い家柄の主人が決めたことであるのだから、簡単に撤回されるわけもない。
つまり、一時的な気の迷いは仕方のないものとして、頭を冷やす時間があれば事態は収束し、ダリルも決闘の申し出を引っ込めてくれるのではないか、と考えたのである。
「失敗でした」
アインに頼まれごとをされてから数日後。
シオンは自分の執務室で、机の上に肘をつき、頭を抱える羽目になっていた。
鎮静化することを期待して、時間を稼いでいたシオンだったのだが、事態は沈静化するどころか火に油を注いだかのように延焼してしまっていたのである。
原因はダリルとは違って面と向かって声を上げることのなかったその他大勢の面々であった。
あろうことか彼らはダリルが行ったことを賛美し、ダリルを担ぎ上げた集団でもってアインに対して敵対し始めたのである。
同時にダリルの手によって早くアインを叩きのめすべきだと、ダリルからの連絡をのらりくらりと回避していたシオンにまで突きあげを行い始めたのだ。
「世が世なら全員、斬首ですよ……」
知らないこととは言え、彼らが敵対しているのは魔王なのだ。
それも現在サタニエル王国を統治している血筋による魔王ではなく、二千年も前にただ個人の強さだけで魔王の名を冠するに至った存在である。
そうでなくとも雇用主であるシオンの意向には背いているので、全員クビにすることも可能ではあるのだが、それを実行すれば領内の仕事で回らないものが出てくることとなり、最終的に一番困るのはシオンだ。
反乱とかであれば強硬手段をとることも止む無しではあるのだが、そこまでの話しでもないとなればその他大勢を納得させるか、或いは何らかのガス抜き的なことを行わなければならない。
「引き延ばしも限界でしょうか」
考えられる手段の内、もっとも簡単なのはアインとの婚約関係を解消することだった。
これを実行すればダリルは攻撃する先を失い、騒ぎは沈静化するはずである。
しかしそうなると、アインの戸籍を強引に用意することができなくなってしまう。
さらに二千年前からアインの身柄を保護し、その復活を待ち望んでいた家に連なる者としては、アインとの関係を解消するような手段は採りたくない。
アインの魔王妃になれるというのはシオンからすれば、成り行きの結果とは言えども望外の出来事なのだ。
それこそノワール家二千年の集大成であるとも言える。
故に切り捨てるのであれば、その他大勢の方になるのだが、家が存続できなくなるようなことになってしまっては意味がない。
アインの復活を見届けた身としては、次はアインの血筋を後世に伝えていかなければならないのだ。
それが初代シオンから脈々と受け継がれてきたノワール家の家訓である。
「もっとも初代はアインのことを好きだったんでしょうね。何せ姓の方は無断で自分のものにしてしまってますし」
さらに身柄も保護して以降、二千年もの間に渡って守り続けてきたのだ。
「かく言う私も半ば刷り込みのような感じで好意を抱いてしまっているわけですが」
子供の頃からの教育とはある意味恐ろしいと思いつつ、嫌な気はしていない。
「まぁ実感としてはこれから育てていけばいいわけですし、気が変わるようなことがあるかもしれませんし」
全てはこれから、実際に経験してみることで得られるものから考えればいいと結論付けたシオンなのだが、そのこれからと言うものを得るためには目先の問題を処理する必要がある。
気は進まないものの、やらなければならないだろうとシオンは自分の執務机の上にあるコンソールパネルから通話機能を起動させ、連絡先のリストを開く。
パネルの上に立体的に投影された画像を指先で操作し、連絡先の一つを呼び出したシオンの指先が迷うように宙で止まる。
だが迷ったのはほんのわずかな時間でしかなく、シオンの指先はすぐにその呼び出した連絡先をタップした。
アインの手を煩わせることは確実で、シオンとしては気が進まないもののやらなければならないことならば、やるしか選択肢はないのだ。
埋め合わせは後で何か考えるしかないだろうと思いつつ、待つことしばし。
何回目かのコール音が聞こえたところで相手に繋がったことを示すメッセージがシオンの目の前に現れ、机の上に通話相手が立体的に、人形サイズで表示された。
「はい、こちら衛星軌道上係留中、ミドルシップ級航宙艦魔王城です」
気の強そうな吊り気味の目に暗紫色の瞳。
肩口できれいに切り揃えられたボブカットの濡れ羽色の髪。
ツートンカラーのエプロンドレスをまとったその体には幾分幼さが残るが、背筋をまっすぐにして立つ姿から、何故かどことなく風格のようなものを感じてしまう。
なんとも妙な印象を受ける少女の立ち姿を目にして、シオンは訝し気に眉根を寄せながらまじまじと机の上の映像を見つめる。
「これは子爵閣下。どのようなご用件でしょうか?」
「誰……?」
アインではないことは確かであった。
しかし、投影されているその姿にシオンは見覚えが全くない。
魔王城というものも初耳であった。
少なくともシオンが知る限り、ノワール領内にそのような施設を作った覚えはない。
「子爵様? どうかされましたか?」
「とりあえず一から十まで私に分かるように説明してください」
色々なものが頭から抜け落ちていきそうになるのを感じながら、シオンはどうにかこうにかそう指示するのが精一杯であった。
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