怪しげな魔王さま
アインから要求されたものの内、最も用意するのが簡単であったのは時間である。
何せダリルはシオンの部下の一人。
そうでなかったとしても、シオンが子爵家の女性当主であるのに対して、ダリルは男爵家の三男坊でしかない。
立場的な強さは圧倒的にシオンの方が上であり、ダリルからの連絡を延々と聞かないという行動がとれてしまうのだ。
ダリルとしても、身分も格も上の相手に対していい加減な対応はできず、ずるずると時間を引き延ばされていく状態になっている。
その間にシオンは、アインから出されている他の要求を満たそうと行動していた。
「とは言いますが……」
いざ用意しようとすると、アインの要求はなかなかに骨の折れる代物であった。
「航宙艦を一隻……」
シオンは子爵家の当主であり、貴族であれば大小の差はあれど自分が指揮をする軍を持っているものであった。
故にシオンも百隻近い航宙艦と、それらを動かすための乗組員というものを持っている。
その中から一隻をアインに下げ渡すと言うことはできなくはないのだが、出費として考えると相当に痛い。
航宙艦という物は決して安い物ではないのだ。
乗組員のことまで考えると頭が痛くなってくるシオンだったのだが、ここでアインから妙な条件が追加された。
「乗組員、いらないんですか?」
「あぁ、不要だ。むしろ邪魔になるから一人もつけなくていい」
いくらアインが魔王でも、航宙艦を一人で操艦するということはできないだろうとシオンは思うのだが、アインが必要ないと言うものを無理に押し付ける気もない。
ついでに航行能力さえきちんと持っていれば艦の状態については問わず、装備に関しても最低限のものでいいとされた。
そこまで条件をつけられた時点で、シオンはアインに渡す艦を決める。
それはミドルシップ級の航宙艦で、大気圏内を航行する能力を持っている特殊艦だ。
元々はシオンの私軍において、シオンが乗艦するための旗艦だったものなのだが、老朽化のために廃棄予定にされていた艦である。
これの代替艦がシオンがアインに見せた艦なのだが、そう言うわけで装備や内部の調度品等がすっかり下ろされしまっていて、アインの要求を満たしていると考えられた。
「基本的に航宙艦は大気圏外に駐留させておくものなので、行き来は専用の連絡船を使ってくださいね?」
「使わないのに何故、大気圏内の航行能力なんて持たせてるんだ?」
「まぁ、見栄ですかね」
理由は不明なのだが、特殊艦の類は持っていればいるだけ周囲からの評価が高くなるという風潮があるのだとシオンは説明する。
要はそれだけのものを持てる財力があるということではないかとシオンは思っているのだが、それが正解なのかどうかはシオンも知らない。
「まぁいい。それで最後の要求の方なんだが」
アインの言う最後の要求。
それはシオンにとっては航宙艦以上にちょっと頭の痛くなる代物だった。
考えようによっては非常に魔王らしい要求であると言えるそれを、用意すること自体はシオンならば可能ではあったのだが、果たしてそれを言われるがままに用意してしまっていいものなのだろうかと心配になっている。
「何に使うつもりなんですか? 人なんて……」
アインからの要求の最後は、性別も種族も状態も何も問わず、ただ生きてさえいればいいので可能な限りの数の人間を用意しろ、というものであった。
実に魔王らしい要求だと言えなくもない話ではあるものの、これを言われるがままにアインに渡していいものかと考えると安易に応じてはいけないような気がしているシオンである。
「何に使うか、だと? 知りたいと言うのか? 二千年も前のものとは言え、魔王の持つ秘儀の一つだぞ?」
見る覚悟はあるのかと問いかけてくるアインの反応は、シオンにとっては予想外のものであった。
「覚悟があれば教えてもらえるものなんですか?」
「魔王の秘儀とは言え、未来の魔王妃にならば知る権利くらいはあるだろうな」
「私、そういう立場でしたっけ?」
「俺を婚約者にしたのはどこのだれだ……? ちなみに教えてやってもいいが用意はできるのか? 薄々は分かっていると思うが、用意された者は全員消費するつもりだぞ」
それは魔王へ提供されたが最後、誰一人として生きては戻れないということを表していた。
「可能か不可能かと言われれば、合法的に可能です」
シオンは領地持ちの貴族である。
その領地には基本的にサタニエル王国の法が敷かれているのだが、その法の解釈や適用は領主であるシオンに一任されていた。
そしてサタニエル王国には死罪と言うものがきちんと残されており、一定以上の罪を犯した者は何らかの方法で処刑されることになっている。
この何らかの方法というのがミソであり、通常は薬殺が用いられるのだが、罪状によっては銃殺や斬首、宇宙空間への放棄などという方法が採られるのだ。
その選択肢の中に魔王への挺身刑と言うものを加えてはいけないという法は存在していない。
つまり、シオンの胸三寸ということである。
「死罪の奴らか。それ程数は揃えられそうにないな」
贅沢を言っている場合ではないことはアインも分かっているのだが、やはり昔のように多少無理にでも集めることはできないのだなと思っていると、シオンが困ったような声で言う。
「足りませんか? すぐに用意するとなると近くの居住惑星から連行してくるとして大体二千人位になりますが」
「多いな!?」
シオンが口にした数は、アインが考えていたものよりも桁が一つか二つは多かった。
「王国の国民すべてが魔族というわけではありませんし、一つの惑星に数十億人くらい住んでいますから、特に多いというわけではないかと」
領地の治め方が悪くて治安が良くない区域扱いされたような気がして、少しだけ気を悪くしたシオンなのだが、アインはそれに気が付かなかったように頼み始める。
「とりあえず全部くれ。魔族は抜いてくれていい。扱いが面倒だからな」
「私もあなたもその魔族なんですが?」
半眼で突っ込みを入れてくるシオンだったのだが、これに関してはアインは都合よく聞こえないふりをするのであった。
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