早まった魔王さま
「ここでやるのか? 得物はどうする?」
決闘と言われてシオンは顔色を変えたのだが、アインは平然と焦った様子もなくダリルに尋ねる。
二千年前の魔王とは、世界に仇なす存在として命を狙われまくっていたのだ。
決闘をこなした回数など、詳細に数えていられないくらいに上っており、今更そんなものを申し込まれたからといって気が動転するようなこともない。
「度胸はあるようだな」
「言葉のやりとりは非常に面倒だ。お前は俺が気に入らないから消してやりたい、と言うだけのことだろう?」
「それは……」
「俺には俺で、この話を受ける理由というものがある。お互いにやる方向で問題がないのであれば、後は実際にやることをやるだけだろう」
さっさと場所と使う得物を言えと催促するアインにダリルがたじろぐ。
「自分からけしかけておいて、今更何を迷う? 何なら今、ここでこれからやってやっても俺は一向に構わないぞ?」
「き、貴様何を言って……」
「えっと……アインが決闘を受ける理由というのは一体何なのでしょうか?」
言葉に詰まってしどろもどろになるダリルの事は一旦放っておいて、シオンは今の会話で気になったところをアインに尋ねる。
ダリルがアインにしかけた理由は何となく察しがつくものの、アインにはそれをわざわざ受けるような理由がないように思えたのだ。
もしアインが、自分が魔王であることを知らずに挑みかかって来た愚か者を始末してくれよう、くらいの考えでしかないのであれば、アインの側が手痛い損害を受けかねない。
そう考えてのシオンの問いかけに、アインはむすっとした表情で答える。
「これからもこの手の輩はきっと出てくるんだよな?」
アインの質問に、シオンは頷く。
見た目が整っていて、家柄に歴史があり、貴族としては子爵家という中くらいの立ち位置にあるシオンの所には、相当な数の他家からの士官の依頼が入ってきており、その全てがというわけでもないのだろうが、相当な人数が女子爵であるシオンの夫となることを狙っていたはずなのだ。
そこにどこからともなくやって来たアインが、本当に唐突にその地位を手に入れてしまったのである。
これが他の者にとって面白いことであるわけがない。
現状からシオンの隣を改めて狙おうと考えるのならば、その位置にいるアインを排除する以外に手はなく、それが理解できればアインの所には決闘の申し込みが殺到することになるだろう。
「俺としては全て受けてやってもいいんだが……何せこの身は一つしかない」
一人でさばききれるだけの量であるならば問題はないのだが、そうでないのだとすれば予めある程度ふるい落としをしておきたい。
アインはそう考えたのだった。
「つまり、一人目を徹底的にやる。それを知ってでも挑んでくるのであればそれなりに骨のあるやつと言うことだろう」
「そう上手く行きますか?」
「どういう意味だ?」
「それってアインがダリルに勝つことが前提条件になっていますよね?」
シオンにそう言われて、アインの顔が不機嫌に歪む。
シオンが口にしたことはつまり、アインがダリルに負ける可能性があるのではないか、ということなのだ。
二千年前とは言え、仮にも魔王の地位にあった者が一介の魔族に負けるかもしれないと評価されれば、傷つくものがあるし、何より面白くない。
だが、シオンの心配は全く根拠もないようないい加減な代物ではなかった。
「ダリル。決闘の日時と場所は後で正式に通達しなさい」
アインに話をする時間が必要だ。
咄嗟にそう判断したシオンはダリルにそう命じると、ダリルが何かを言う前にアインの手を取ってその場から足早に去っていく。
そして十分に距離を取ってから、アインを適当な空き部屋へと引っ張り込んだ。
「アイン、軽率すぎます」
「何がだ?」
「ダリルが申し込んだ決闘を受けてしまったことです」
「俺が負けるとでも言うつもりか?」
「分かりません。分かりませんがそもそもアイン。魔術は使えるんですか?」
問われたアインはきょとんとし、視線を自分の掌に向ける。
そこで具合を確かめるかのように何度か握ったり開いたりしてからアインは、その様子を見守っていたシオンへ言う。
「さっぱりのようだ」
目覚めてすぐに放った魔術で消費された魔力がまるで回復していなかった。
つまり、今のアインはほぼ完全に魔力が空っぽの状態であり、これでは魔王としての本領を発揮することなどできそうもない。
「しかし魔術が使えないというのは相手もなのだろう? ならば俺が負ける道理は……」
「アイン、現在の魔族で軍に所属する者は、ほぼ例外なく全員が強化処置を受けています」
「なんだそれは?」
尋ねるアインに言葉で説明するよりも実際に見せた方が早いかと、シオンはアインへすっと近づくと膝裏と背中を手を差し入れてひょいとばかりに抱きかかえてしまう。
体格的にはシオンの方が小柄であると言うのに、所謂お姫様抱っこをしているシオンの体はまるで揺らぐことがない。
「これは?」
「貴族は基本的に軍人扱いです。私達は遺伝子レベルでの筋力増強、耐久力増加、敏捷度上昇、思考加速と言った強化が施されているんです」
「いでんし?」
アインの頭の上に浮かぶ疑問符を幻視して、シオンは現在に一般知識をアインに教える必要性を確認したのだが、今はそれよりも差し迫った問題があった。
「難しいことは後回しにしますが、簡単に言いますと魔術の使えないアインよりも強化されているダリルの方が素の能力が高い可能性が強いということです」
「それは拙いな」
経験でカバーできる範囲ならばなんとかなるのかもしれないが、ダリルとの決闘はそれなりに苦しいものになるかもしれないと言うことはアインにも理解できた。
また魔王として復活してからの第一戦目が、かろうじてどうにかぎりぎり勝てましたと言うような代物では、どうにも格好がつかないともアインは思う。
「今更止めるのは無理ですよ。あっちも貴族でメンツってものがありますから」
「止めるのは俺としても論外だが、用意して欲しいものがある。それと時間が少し欲しい。それと……」
「何か?」
「魔王がお姫様抱っこされているというのはどうにも格好がつかない。早く下ろせ」
「これについてはなかなかできない体験だと思いますので、今しばらくこのままでお願いいたします」
にっこりと笑うシオン。
その腕に込められている力にどうやらしばらくは本気で下ろすつもりがないようだと悟り、アインはげんなりとして溜息を吐くのであった。
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