帰還した魔王さま
シオンとクロワールとが、何やら急に激しく揺れだした航宙艦の中を必死に走り抜け、どうにかたどり着いた格納庫の中にあった連絡艇に乗り込み、いつ魔王の加護が切れてもいいように急いで艇内を与圧しながら連絡艇を発進させ、できる限りの速度でもってアインの所へと戻る頃には、およそ状況は終了していた。
「二千年前って、どんな世界だったんでしょうねぇ?」
「さぁ? 浅学の身故、分かりかねマス」
「絶対に今より、トンデモ存在が闊歩していて普通に地獄絵図を作ってたように思うんですがどうでしょう?」
「全面的に同意しマス」
二人が呆けたような声でそんな会話をしつつ見ているモニターには、宇宙に無数の破壊された航宙艦の破片が浮かび、その中で比較的元の形を保っている戦闘艇らしきものの上であぐらを書いた姿勢で待ち構えていたアインの姿が映っている。
「何か……とてもシュールです」
アインがいるのは言わずと知れた宇宙空間だ。
空気のない空間で、普通の生物は生身ではとても生きていけない空間である。
そんな空間の中で、生身であぐらをかいているのだ。
シオンとしては現実で、合成写真を見せられている気になってしまう。
「とりあえず……回収しましょうか」
「そうデスねー」
窒息するということはないのだろうが、魔王を外でずっと待たせておくというのも配下の身としてはあまりよろしくない。
コクピットから操作して、とりあえずは連絡艇側のハッチを一つ開放すると、アインは自分が座っていた戦闘艇を引っ張って宇宙遊泳し、連絡艇の船尾にその辺を漂っていたチェーンやらワイヤーやらを使って戦闘艇を固縛しようとし始める。
「持って帰る気のよーデス」
「はいはい、牽引ロープが必要なんですね。すぐにお持ちします」
適当に固縛されてはたまらないとばかりにシオンが急いで連絡艇内の倉庫へと走っていく。
その背中を見送りつつクロワールは、魔王の加護が持続しているかどうかを確認しないままに、艇外へ飛び出して行ったりしないだろうなとぼんやり心配したのだが、まさかそこまで不用心ではないだろうと考える。
しかし倉庫から牽引用のロープを持ち出したシオンがそのまま艇外へのハッチを開こうとしている姿をモニター越しに発見してクロワールは慌てることになるのだが、幸いなことに魔王の加護はまだ持続していたようで大事には至らなかった。
「死んだかと思いました」
帝国軍の戦闘艇と連絡艇を繋ぎ、戻ってきたシオンが少し青ざめた顔で言うのをクロワールは呆れた顔で見ている。
あまりにも酷い不用心さもさることながら、シオンが何も考えずにハッチを開いてしまったせいで結構大量の空気を無駄に消費してしまったことがクロワールの呆れの原因であった。
「死なれるのは困るな。さすがに死者の復活は難しい」
「難しい? 不可能ではないのデスか?」
「色々と条件が重なって、幸運に恵まれればどうにかといった所だな」
それでも確率としては絶望的といっていいくらいに低いと言う魔王に、シオンとクロワールはこれはもうそういう存在なのだと考えることを放棄した。
「それより三号艦だが?」
「接近してきているはずデス。こちらからも出向きまショウ」
連絡艇は元々、それほど長距離を移動することなど想定されていない乗り物であり、アイン達がサタニエル王国へ帰還するためには魔王城三号艦との合流は必須である。
さらに曳航している戦闘艇を帝国軍が取り返しに来るかもしれず、これを調査するにしてもそれなりの施設が必要であった。
つまり、この場からさっさと逃げ出す必要があり、アイン達は近づいて来ているであえろう魔王城へ自分達からも接近を試みる。
幸いなことに、アインが帝国軍を全滅させていたので、通信を探知や妨害される恐れがなくなったおかげで、すぐに魔王城と連絡を取ることができ、アイン達は無事魔王城と合流することができた。
そこで連絡艇と戦闘艇とをまとめて格納庫へ放り込んだアイン達は、そのまま全速力で人族の支配圏から離脱し、ゲートを経由してサタニエル王国へ入国する。
サタニエル王国に入ってしまえば、そこから先はシオンのもつ貴族としての権限を最大限に生かし、ほぼノンストップでノワール子爵領まで戻ってしまう。
「戦闘艇の中身。大丈夫なんでしょうか?」
大急ぎで帰ってきたとは言ってもそれなりの日数は経過している。
その間、戦闘艇は一度も開放しておらず、アインが魔術で封印したっきりであった。
シオンの常識からして、戦闘艇の中には乗組員がいるはずなのだが、ある程度の備蓄は艇内にあったとしても、放置し過ぎなのではないかとアインへ言う。
「餓死しててくれれば、無害だぞ?」
「アイン、死体は情報を……」
「アンデッド化すれば情報は抜けるが?」
「アインはミステリーとかに出演しては駄目な人ですね」
死体が情報をしゃべるのだ。
探偵や刑事の出る幕がない。
それはともかく、シオンが気になるならばとりあえず一度開けてみようと言うことになり、サーヤがメイド部隊を招集し、戦闘艇の解体作業が始まることになった。
そして作業開始からいくらも経たないうちに、参加者全員が異常に気が付く。
「陛下、この戦闘艇ですが。造りがおかしいです」
戦闘艇は戦闘が目的のものであるが、乗組員がいる以上は必ず物を入れておく格納庫や倉庫、ある程度生活するための居住区が存在するはずだった。
しかし、メイド達が外板から解体を始めてみても、それらしき空間が艇内に存在しておらず、ぎっしりと機材や機械、装甲が詰まっていたのだ。
「これ、コクピットのみの短期戦用だったんでしょうか?」
「さて? やたら高出力、高火力な理由は分かったが」
居住空間や積載量を犠牲にして装甲や武装、ジェネレーターの類を積んでいるのだ。
同型の戦闘艇に比べて性能が高いのは当然だと言える。
しかしそれだけでは説明がつかない部分もあり、それはどこに原因があるのだろうかと考えるアインの所へ、作業に参加していたクロワールが一抱え程ある金属とガラスとで構成された筒状のものを持って近づいてきた。
何を持ってきたのだろうかと興味深そうに視線を向けたシオンは筒の中に入っているものを目にして小さく悲鳴を上げ、アインは表情こそ変えなかったもののしみじみと疲れたような声で言う。
「相変わらず人族というのは、怖いことを考える。そいつにアレを操縦させていたのならば、確かに余計な空間はいらないわな」
そう言ったアインの視線の先。
クロワールの抱える筒状のものの中は液体で満たされ、その液体の中には人のものと思しき脳と、それにつながる脊髄が浮かんでいたのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
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その3はこれにて終了です。
その4はネタをまとめてストックをある程度貯めてから再開しますが……その前に一次審査
の結果が出るかしらん?
追記
再開する前に一次審査は通貨。
ただすぐ二次審査の通知があり、そちらで落選。
ということで本作品はここで完結とします。




