出会う魔王さま
アインが壁からむしり取ったものは、人の背丈ほどのごつごつとした棒だ。
棒といっても構造材を引っぺがし、腕力と握力とでもって雑巾の様に絞り、握りつぶして棒状に押し固めたものである。
構造材を圧縮して形を作っているだけあってすさまじく頑丈ではあるが、ただそれだけのものだ。
頑丈さだけは折り紙付きのそれを片手に、アインは敵からの攻撃が開けた穴の中を進む。
敵から自分への攻撃というものは、その攻撃の源に攻撃をした敵がいるということである。
ならば敵の顔を拝むには、敵からの攻撃をたどって進むのが間違いない。
そう考えながら進んでいたアインはふと足を止め、慣性で流れていきそうになった体を壁を掴んで止める。
アインが足を止めた理由。
それはそこから先が床も壁も天井もなかったからだ。
つまり、艦外に出てしまったのである。
そしてさらにその向こうには、一隻の小型艇が舳先をアインに向けて待ち構えていたのだ。
それが帝国軍の連絡艇ではないことは一目でわかった。
艇全体のデザインが連絡艇よりも鋭角で、かつ大きさがやや大きい。
艇のあちこちに武装と思しき装備が結構沢山つけられており、感覚的にこの艇がおそらくは戦闘用なのだろうなと思わせる。
「何だこれは?」
アインが妙だと感じたのは、その艇の用途でも形でもなくカラーリングだった。
全体的に白地が多く、所々を赤や青といった色で塗装されているのだが、基本的に落ち着いた色が多い航宙艦や連絡艇をこれまで見てきたアインからすると、目の前に浮かぶ小型艇はなんだか安っぽく、おもちゃの様に見えたのだ。
これが他の艦と同じようなカラーリングであったのならば、アインも即座にこれを敵機として認識したことだろう。
しかし、あまりにも外見がチープすぎたせいで、アインにしては珍しく判断が一瞬遅れた。
攻撃するでもなく、防御するでもなく、ただ単純に目の前に浮いているものは一体何なのだろうかと首を傾げてしまったのだが、その一瞬の隙を白地の戦闘艇は見逃さなかったのだ。
しまったとアインが判断の遅れを悔やんだ時には既に、戦闘艇の舳先に装備されていた機関砲が白い砲火を生じさせながら無数の弾丸をアインに向けて発射している。
これに対してアインは遅ればせながらも回避行動をとりつつ、戦闘艇目掛けて手にしていた棒とも槍ともつかぬ代物を投げつけた。
結果としてアインの投げつけた棒状のものは戦闘艇の舳先に命中し、その船体を激しく揺らすことになり、射撃中の弾丸はその大半が射線をずらされてしまったことで狙いを外し、航宙艦のあちこちに穴を開けることになる。
しかしアインの反応がわずかに遅れた分、既に発射されていた弾丸は戦闘艇の状態に影響を受けることなく、狙い通りにアインに命中してしまったのだ。
ただの人間ならば一発当たっただけでも体が四散し、肉塊と化すような弾丸をまともに数発も受けてしまったアインは、さすがにその場で踏ん張り切ることができずによろめいて、数歩後退してしまう。
「ただの弾丸じゃないなこれ」
よろめいた体勢を立て直すために、航宙艦の外壁につかまりながらアインは撃たれた場所をもう片方の手で押さえる。
弾丸は、アインがまとう守りの結界を貫いてくるようなことこそなかったが、ただの大口径の弾丸くらいならば楽に受け止められるはずのアインの結界が、大きく減衰させられた上で衝撃がアインの体まで届いたのだ。
何かしらの魔術への対抗策が施されていることは間違いないとアインは判断する。
そう考えたアインは支えにしていた航宙艦の外板に指を食い込ませると、力任せにその一部をむしり取った。
「中に何が入っているのか、俺に見せてみろ」
むしり取った外板を、アインは先程の棒状のものによる一撃でふらふらしている戦闘艇へと投げつける。
苦し紛れにも似たこの攻撃は、戦闘艇にあっさりと回避されてしまったのだが、アインが必要としていたのは命中ではなく、相手が回避行動をとることで得られる時間であった。
減衰していた守りの結界を再構築し、さらに重ねて強固なものへと変化させる。
そこから航宙艦の外板に指を走らせ、術式を書き込み、軽く外板の表面を叩くと書き込んだ術式が淡く紫色の光を放ち、細く蛇のような形に剥がれていく。
「貫け」
命令は短く簡潔に。
外板からはがされた金属の蛇は三匹で、そのいずれもが宙に紫色の尾を引きながら戦闘艇へと襲い掛かる。
だが戦闘艇の反応も素早い。
体勢を立て直すとすぐさま機関砲を発射し、一匹の蛇を瞬く間に破壊。
さらに接近してきた二匹の蛇は、戦闘艇の機体が一瞬強く白い光を放ったかと思うと簡単に弾き飛ばされ、力なくもがいているところに機関砲の一斉射が加えられると成す術もなくバラバラにされる。
「やはり何か対策されているな」
呆気なく退治された三匹の蛇に舌打ちしつつ、アインは続けざまにいくつかの呪詛を戦闘艇目掛けて放ってみたのだが、そのいずれもが戦闘艇に届く前に無力化され、霧散していってしまう。
お返しとばかりに今度は戦闘艇から小型のミサイルが複数、アインめがけて撃ち込まれたのだが、これらは強化されたアインの守りを打ち破ることができずに、ただ爆散して炎をまき散らすにとどまった。
その爆円に紛れて移動しようとしたアインだったが、不自然な風のようなものが吹いて炎と煙を吹き散らかしたのを見てまた一つ舌打ちをする。
「魔術を知っているし、ある程度は使えているようだな」
アインの呟きに戦闘艇が答えるわけもなく、機体のあちこちに搭載されている武装がその照準をアインに合わせるべく動いている。
人の体など、受ければ本来はひとたまりもないはずの武装の数々を向けられて、アインはへらりと笑った。
「と言うことは中身か、少なくともその機体の製造に勇者かそれに類する者が関わっているということだな?」
戦闘艇は答えない。
しかし睨みつけるアインの眼光に気おされたかのように、ふらりとその機体が揺れた。
「忌々しい奴らめ。必ず俺の前に引きずり出してやるから覚悟していろ」
答えないと分かっていながらもそう告げたアインに対し、戦闘艇は猛然と攻撃を開始したのであった。
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