危機な乙女さま
シオンが何にショックを受けてがっくりと項垂れてしまったのかはアインには分からなかったのだが、今は真相の究明よりも先にやらなければならないことがあるだろうと、半壊している航宙艦の中を、目的地を目指して移動を開始する。
艦内は元々、人工重力が働いていたはずなのだが、艦の負ったダメージが大きすぎたせいで、今はその機能も死んでしまっているようであり、アインは暗い通路の中を半ば勘を頼りに泳ぐように進んでいく。
人を二人抱えている身としては、重力がほぼないことは負担が軽く、助かることは助かるのだが、低重力下の行動についてはまだ慣れておらず、アインはどことなく自分の行動にもどかしさを感じる。
「目的地はどこデス?」
「この艦の連絡艇がある格納庫だ」
宇宙空間内を生身で活動することができるアインではあるのだが、その移動速度は今のところそれ程出ていない。
速度を出す方法がないわけではないのだが、そんな無理をするくらいならばあらかじめ用意されている物を使った方がずっと楽だ。
「魔王城と合流することを考えても、連絡艇に乗った方がやりやすい」
「それは確かですね」
シオンが納得した所でアインは床を蹴って移動した。
外にはまだ六隻もの敵艦が残っていて、いつ攻撃をしかけてきたとしてもおかしくない状況になっている。
すぐに手を出して来ないのは、最後の一撃と自爆覚悟の特攻のせいだろうなとアインは通路を進みながら思う。
副砲が吹っ飛ぶくらいの過負荷による一撃と、体当たりによってアイン達は二隻の航宙艦をほぼ撃沈状態にしている。
そしてこの航宙艦には、副砲がまだ一門残されているのだ。
実際は航宙艦本体にもうエネルギーが残されていないために、その副砲は砲撃ができるような状態ではない。
しかしそれは、外から見ている帝国軍側には分からない情報だ。
さらに残る砲門は一門だけで、敵艦六隻に対してはまるで足りない。
だが狙われて撃たれれば、シールドの上からでも瞬時に致命的なダメージを受けることが分かっている状態で、誰も犠牲になるかもしれない最初の一艦にはなりたくない。
そんな各艦の考えが、そのままアイン達が攻撃をされない状況を作り出していたのである。
このまま行けば、敵艦が攻撃に踏み切る前に連絡艇に乗れるのではないか。
そう考えたアインだったが、その考えは少しばかり甘かった。
あといくらかでも進めば連絡艇のある格納庫に到着するだろうと言う所まで来たときに、艦全体に伝わるほどの揺れが生じたのだ。
突然の揺れにも体勢を崩すことのなかったアインではあるのだが、その表情は忌々し気に歪む。
「アイン、何か問題でしょうか?」
「多少な。予想よりも思い切りのいい奴が相手側にいたらしい」
シオンには分からなかったのだが、アインの感覚は今しがた艦を揺らしたのは帝国軍が再開した攻撃である、と判断していた。
どこまで本気かまではアインにも分からないが、おそらくは六隻中の何隻かがしびれを切らしたのか様子見なのか、とにかく一発撃ち込んでみようと考えたらしい。
もちろん、アイン達の乗っている艦に反撃する能力など残されてはおらず、それは相手が攻撃を続ければいずれバレることである。
バレてしまえば敵艦はここぞとばかりに激しい攻撃を加えて、アイン達の乗る艦を沈めにかかることだろう。
そしてそれが開始されるまでの時間は、そう多くは残されていない。
「急ぐ必要が出てきた。舌を噛むなよ」
返答を待たずにアインは力強く床を蹴り、その体が弾丸のように宙を飛ぶ。
脇に抱えている二人の内のどちらかが悲鳴を上げているようだったが、急いでいるのだからと無視して、アインはピンボールのように床と言わず壁と言わず、激しく素早く飛び跳ねながら目的地へと急いだ。
「陛下! 乙女の口から出たらイケないモノが出ソーデス!」
「飲み込め、我慢しろ」
「無茶な! 子爵サマだって……あれ? 子爵サマが妙に静かデス。もしやもう耐えきれなくて……」
不穏なことを言うクロワールに少しだけ心配になって、シオンの様子を確かめてみたアインだったが、すぐに視線を前方へと向けて移動に専念する。
「陛下?」
「対拷問訓練の見本みたいな対処をしている」
「ソレは?」
「気絶してる」
アインの腕に抱えられた状態で、シオンはきれいさっぱりと意識を手放してしまっていた。
耐えきれそうにない事態に直面した場合、最も確実にそれをやりすごせる対処法は気絶することだとする説がある。
気絶さえしておけば、痛みも苦しみも感じることがないのだ。
もちろんそのまま死んでしまう場合もないわけではないのだが、その場合は意識を保っていたとしても同じようなことになるだけなので変わりはない。
「クロワールも寝ておくか?」
正直なところ、勧めに応じてはいと答えてしまいたいクロワールではあった。
上下左右からでたらめにかかる加速度はクロワールの意識も胃の内容物もぐちゃぐちゃにしてしまっており、気を抜いたら本当に乙女としてはヤバいものが垂れ流しになりそうなのだ。
しかし、魔王に運んでもらっていると言うのに自分だけ呑気に気絶するというのは、配下としては駄目な行動だろうとも思う。
「が、ガマンしマス」
「素直に寝ておいた方がいいぞ? 寿命が縮む」
何故と問い返す前に、眼前の壁が赤く変色し、飴細工のよういにぐにゃりと溶けた。
それが何を示すのか、クロワールが理解するより先にアインがその変色した壁を蹴り飛ばす。
溶けた壁が飛沫となって飛び散り、その向こう側からこちら側へ突き抜けようとしていた真っ白な光の奔流が、砕けて消えていく様子に思わず呆けてしまったクロワールは、その光の奔流が狙ったものなのかまぐれ当たりなのかは分からないが、敵艦からの攻撃が直撃しかけていたものだと知って身震いする。
「本当に寝てていいんだぞ? 見えていると心臓に悪いだろ」
あくまでもクロワールの身を心配し、気を遣ってそう言うアインに対し、クロワールは意固地になったかのように首を横に振り続けるのであった。
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