嫌がっている魔王さま
「それで、何が陛下の逆鱗に触れたと言うのデスか?」
多少不満げにしながらもクロワールは元々やっていた作業である魔王城三号艦との通信確立を再開する。
今のアイン達にとって、魔王城に回収してもらうことはサタニエル王国へ帰還するために必須のことであったし、いかに魔王城が強力な航宙艦であったとしても、帝国軍の航宙艦十一隻から魔王不在の状態でタコ殴りにされてしまえば、思わぬ深手を負いかねない。
「何って……ブレイバーだぞ?」
「ブレイバー、デスか?」
魔王がキレるような言葉だろうかとクロワールは作業しながら考える。
意味としては、勇気ある者くらいの意味であり、兵士が名乗る言葉としてはそれ程おかしくも妙なものというわけでもない。
「二千年前に、これでもかと言うくらいに煩わしい思いをさせられ続けた代物が、二千年経ってもまた同じように俺を煩わせようというんだぞ?」
「二千年前……ア……」
そんな遥か昔の話をされてもと呆れかけたクロワールは、これまでの会話と二千年前という単語から、ようやくアインが何に関してキレかけたのかを理解した。
それはブレイバーだ。
勇気ある者、つまり勇者である。
魔王という立場から見れば、なるほど確かにこれ以上ない忌々しい名前であると断言できるだろう。
特にアインにとっては、潰しても倒しても途切れることなく自分の首を狙いに着ていた者達であるし、二千年も不貞寝するに至った直接の原因でもある。
二千年経ってまた再会という運びになれば、それはキレそうになっても仕方のないことなのかもしれない。
「デスが、偶然の可能性も」
「偶然ブレイバーを名乗る組織が、偶然魔王のいる星を、普通はやらないような方法で偶然爆撃した、とでも言うつもりか?」
アインにそう問われると、クロワールとしては何も言えなくなる。
偶然はいくつか重なると必然になるものだが、今回の件は符丁としては合う気がするが、それ程たまたまが重なっているというわけでもない。
何かしらの不運だったと強弁すれば、できなくもない程度のことである。
だが不運だったで終わらせていい話だろうかと考えると、のどに刺さった小骨の様にやたらと気になる話でもあった。
「え、えーと。ちょっといいでしょうか?」
アインとクロワールとの会話に割り込んできたのは、魔王のハグでもって目を回してしまっていたシオンだ。
ちょっとふらつきながらも、近くに座席を支えに立ち上がったシオンに対してアインは頷いて見せる。
「勇者というのは出現しなくなってからかなり経つ、おとぎ話の中に出てくるような存在です」
実在していた、というのは確かな存在でもある。
しかし近年全くその存在が発見されていないという所から、絶滅したのではないかと考えられているのが勇者というものなのだ。
これと同じく、聖女や剣聖、賢者といった所謂魔王に対抗していた存在というものは、その全てが近年は存在を確認されていない。
「今更、出てくることなんてありえるんですか?」
一度絶えた存在であるならば、二度と出現しないのではないかと考えるシオンなのだが、アインはその考えを否定した。
「シオンの考えには間違いがある。まず、勇者の類というのは血筋じゃない」
血筋だったのならばもっと楽だったのだけれどなとアインはげんなりとした表情で思う。
勇者やら聖女やらの血筋というものが存在し、これを絶滅させてしまえばいいだけの話であったのならば、アインも二千年前に不貞寝を決め込むようなことはなかった。
「勇者や聖女の資格ってな。血に宿らないから厄介なんだよ」
「そうなんですか? ではどのように出現するんでしょう?」
「詳しくは俺も知らない。知っていたら全力で勇者の絶滅に乗り出してる」
アインは魔王であるので、魔王についてのことならば誰よりもよく知っている。
しかし敵である勇者についてはまるで分からない。
何せ出会ってみても会話が全く成立しないのだ。
こちらから何かを問いかけてみても、答えはほとんど返ってこず、力技でもって勇者の一族郎党とその周辺を徹底的に殺しつくしてみても、別なところで何の脈絡もなく勇者がひょっこり生まれる。
「推論として、魔族以外の種族の中で一定以上の力を持ち、一定方向の思想を持つ個体の中からランダムに選ばれているんじゃないかと考えられる。というかそれ以外に考えられない」
そうでなければあぁも節操なくあっちこっちからぽろぽろと生まれてくるものかと憤るアインに、シオンは生じた疑問をぶつけてみる。
「一定方向の思想というのは?」
「魔王との共存なんてことを考えない個体ということだな。魔王を倒すために生まれる勇者が、魔王と仲良くされては困るらしい」
「なるほど、では長期にわたり勇者が出現しなくなって理由はなんでしょう?」
シオンの知る限り、勇者という存在はそれこそ一千年以上現れることのなかった存在で、それが今更、まだ確定ではないものの、姿を現したというのはどうにもおかしな話だとしか思えない。
もしや人族の国家などによって隠し通されていたのだろうかとも思うが、サタニエル王国の情報収集能力と言うものを考えてみれば、人族の国家が勇者の存在をそんなに長い間隠し通してこれたとはとても思えないのだ。
「出現していなかったわけじゃない、と思うぞ」
「どういうことです?」
勇者などと言う存在が出現していたのであれば、絶対に相当目立つはずであり、誰も気づかないなどということがあるわけがない。
「勇者だの聖女だのが人間離れした力を発揮するために必要なものがある。それがないと勇者もただの人とあまり変わりがない」
「それは……」
「魔力だ。結局奴らも術式を構築し、魔力をそこに介することで人外の力を得ている」
だが、世界は物質文明に傾き、魔術は忘れ去られてしまい、魔力は枯れた。
魔力がなくては力を発揮することができない勇者などは、たとえ選ばれたとしても力を出すことができないので、自分が勇者であるということを自覚できない。
「まぁ頭の中でファンファーレが鳴って、謎の声が貴方は勇者に選ばれました、と教えてくれでもするならばともかく、大体の場合は何かの折に妙な力が出たりしてそれと気づくようだからな」
その妙な力が出るようなことがなければ、一生気が付かないままでいたとしてもおかしなことではなく、本人すら気づかないのだから勇者は出現しなくなったと世間が思ったとしても何も不思議なことではないというアインに、シオンはなるほどと頷いたのであった。
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