威圧しちゃった魔王さま
「いやぁまぁそのなんだ? 自制が効かなくて思わず本気で威圧してしまったことは悪かったなとは思うが」
困ったように弁解するアインの前には床にペタンとしりもちをつき、胸元を両手で握りしめながら過呼吸になりかけているシオンと、小剣を両手で構えた姿勢で人を殺しかねないくらいにイってしまっている目でアインを凝視しているクロワールの姿があった。
その小剣の切っ先は握る腕が震えてしまっているせいで、先端が視認できないくらいの高速で動いていたが、何故かアインに向けられていて、いつ刺しに来るかとアインは気が気ではない。
もちろん、クロワールが刺しに来たところでアインならば十分対処可能なのだが、魔王を刺そうとした行為は見逃してやれるようなものではなく、処罰するとなれば大体極刑が妥当となる。
何故こんな事態になったのかと言えば、シオンが発見した帝国軍の命令書。
今回の惑星ゲルドへの爆撃命令を出した人物が、特務機関ブレイバーなるものに所属していると聞かされたせいだ。
アインにとって、ブレイバーという代物は、実に忌々しく嫌悪と憎悪の対象としてこの世から跡形もなく消し去ってしまいたい存在であった。
あんなものさえ存在していなければ、自分がどれだけ手を煩わされずに済んだのかと考えると腹の底からジワリと黒い感情がにじみ出てくるのが分かる。
「ヒッ!?」
「うっ……うぅっ!?」
失敗した、とアインは滲み出てこようとした黒い感情を理性でもって押し返し、さらに震えが激しくなってしまったクロワールと、息も絶え絶えに見えるシオンとをどうしたものかと眺める。
シオンの方はこのまま失神でもしてくれれば楽なのだが、下手をするとこのまま息が詰まって失神どころかそのまま逝ってしまいかねない危険性があった。
クロワールの方はまさに一触即発状態で、ちょっとしたきっかけがあればいつ暴発してもおかしくない状態となっている。
この場合、緊急性が高いのはどちらだろうかとアインは考える。
しかし実のところ、この場で一番暴走したかったのはアイン自身であった。
体に走った嫌悪感をそのままに、周囲にいる航宙艦全てを破壊して、なんとか帝国というふざけた名前の人族の国に、持てる限りの魔力でもってありとあらゆる呪詛の類をばらまいてやりたい気分なのだ。
そんなアインがさっくりと我に返ったのは、アインが感情に任せて暴走するより先にシオンとクロワールとが現在の状況に陥ったせいである。
つまり、感情任せに動いてやろうと言う前に、こいつら何とかしてやらないと大変なことになってしまうのではないかという考えが理性の働きを助け、アインを正気に戻したというわけだ。
とりあえず、とアインはひきつけを起こしているようなシオンの体を引き寄せると、問答無用で正面から、がしっと音がするくらいにしっかりと抱き締める。
抱擁と言う程には優しくはなく、かなりしっかりと抱き締められたシオンはアインの腕の中で何かしら小声でうめいたり、手足をばたばたとさせたりしていたのだが、しばらくすると体から力が抜けてしまい、体全体をアインに預けるようにしてくたりと脱力し、そのまま大人しくなった。
その状態をしばらく継続し、完全にシオンが動かなくなったことを確認してからアインはシオンを解放してやると、顔を真っ赤にして目を回したシオンが床の上へとへたり込む。
ぼーっとした表情でへたり込んだ姿勢からこちらを見上げているシオンを、アインはしばらく観察した後に、脇の下へ腕を差し入れて立たせてから、駄目押しとばかりにもう一度、正面から力を込めてぎゅっと抱き締めてやると、シオンは降参ですとばかりにアインの背中をタップし、その腕から解放されると同時に膝から崩れた。
そのまま四つん這いになり、荒く息を吐くシオンの姿に、これはもう安全と判断していいだろうと考えたアインは、小剣を構えたまま動こうとしていないクロワールのことをじろりと睨みつける。
小剣の切っ先をアインの方へ向け、珍しく腰の引けた構えをしているクロワールの顔は、何故か紫色になりつつあった。
これは恐怖に青ざめているのと、羞恥を感じて赤くなるのとが混ざりあっているのだろうかと一瞬ありそうでありえないことを考えてしまったアインなのだが、すぐにクロワールの状態を理解して突きつけられている小剣の切っ先にも構わずに近寄っていくと、クロワールの反応を待たずに平手でその脳天を加減しながら叩く。
脳天から走った鮮烈な痛みに、クロワールは叩かれた脳天を両手で押さえながら大きく息を吸い込み、吸いこんだ分の全てを一気に吐き出した。
「大丈夫か?」
そのまま荒い息を吐き始めたクロワールにアインが問う。
気づいてみればクロワールの顔色の原因は、アインが一瞬考えてしまったような理由ではなく、何かしらの理由でクロワールが呼吸を止めていたために酸欠状態になっていただけであった。
そこへ衝撃を受けたことで、呼吸することを思い出したクロワールは貪るように空気を吸い込み、アインが自分に向けて大きく両腕を開いている姿を目撃して、激しく咳き込んだ。
「そこまで嫌か」
「ち、違っ……ちょっと待……立て続けすぎて、処理できないデスっ」
クロワールの有様は酷いものであった。
目は真っ赤に充血し、涙がぽろぽろとこぼれ、咳き込み過ぎて口からは妙な音が出始めており、紫色だった顔色は今度は赤色の領域へ振り切ってしまっている。
「とりあえず落ち着け。大丈夫か? 背中さすってやろうか?」
「大丈夫デス。お構いなくデス。お願いデスから息をつく暇をください」
わたわたと手を降りつつ、大慌てでアインから距離を取るクロワール。
その反応に、これならばクロワールの方も大丈夫そうだなと判断して、アインは放心状態のシオンへと目を向けた。
「こっちはもうしばらくかかるか」
「そりゃソーデス。私だって陛下にハグなんかされたら、しばらく現実に戻って来れる自信がないデス」
「そうか? そんなことを言って実は意外とあっさり戻ってきたりするんじゃないか?」
「陛下。私も一応、陛下を敬愛する一女子デス。何か異論がございマスか?」
先程までの反応から一転して、据わった目つきでずいと身を乗り出して近づいてきたクロワールに対し、アインは全く異論がないことを示すために小さく両手を挙げ、ゆっくりと首を横に振って見せるのであった。
面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。
書き手への燃料と言う名のブクマ・評価・励ましの感想などお願いします。




