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作業するメイドと子爵さま

 占領した航宙艦から情報を漁るのと、航宙艦から離れた所にいるはずの魔王城三号艦との間に通信を確立させる作業とでは、どちらの難易度が高いかと問われれば間違いなく後者であるとアインは断言する。

 何せ死者達が提示してきた情報の中に今回の行動に動員された航宙艦に関するものもあったのだが、それによると参加していた隻数はアイン達が攻撃し、占領した航宙艦を入れて十二隻もいたのだ。

 つまり、自分達以外の十一隻に気づかれないように、魔王城へ連絡しなければならないのである。

 これは至難の業であった。


「クロワール。頼んだ」


「ソウなりマスよねー……」


 至難の業であるならば、できそうな人材に丸投げしてしまえばいい。

 そして、できそうな人材とはこの場においてクロワールの他にいなかった。


「とりあえず、作業を開始しマス」


「頼んだ。駄目そうな時はなりふり構わず通信してしまえ。魔王城を呼び出してごり押しでなんとかしよう」


 現在どこかで待機中の魔王城三号艦であるが、魔王であるアインが不在の状態で正面から十一隻もの航宙艦を相手にするのは少々荷が重いように思えた。

 しかしクロワールの作業が失敗すれば、多少無理をしてでも駆けつけてもらわなくてはアイン達が袋叩きの憂き目にあう。

 そうならないようにするためには、秘密裏に連絡を取り合い、できるだけ奇襲ができる状況で一気に戦いを終了させる必要があった。


「通信はクロワールに任せて。俺たちは情報のサルベージだな」


「こちらはこちらで大変そうですよね」


 現状アイン達の目的は、とにかく今回の帝国軍の行動を指示したのは誰なのか、ということを知ることである。

 人の行動を邪魔してくれたばかりか、人の頭の上に大量の爆弾までまき散らしてくれたのだ。

 何としてでも犯人を突き止め、報復と言うものを叩き込んでやらなくては、やられっぱなしでは魔王の名に関わる。


「大変か? 一番日付の新しい命令を探すだけのことじゃないのか?」


 直近に受けた命令を実行しに来たのではないか、と思うアインへシオンは空席になっていたコンソールの一つに指を走らせると、モニター上に情報を並べる。


「見てくださいこれ。直近の命令書ですが、似たような日時のものが……」


「多いな……目がちかちかする。何故だ?」


「今回の任務以外の命令もあるでしょうし、帝国軍はとにかくこの手の命令や指示、書類が多いことで有名な組織なんです」


 一つ行動を起こすだけでも申請や許可、命令やその受諾などと実際に行動を起こすまでに必要とそあれるプロセスがいくつも存在するのだとシオンは言う。

 しかもそれらを似たようなフォーマットでやり取りするせいで、帝国軍の書類作業は大変なことになっている。


「なんでまたそんなことに?」


「妙に凝ったやり方とか、手数の多いやり方の方が、ありがたみが増すからだとかなんとか聞いた覚えがあります」


「馬鹿なのか?」


「さぁ?」


 首を傾げつつシオンは命令書と思われるファイルを一つずつ開いていく。

 その中身を傍らで見ていたアインなのだが、命令の内容がA地点からB地点までの移動を何月何日の何時までに終了するように命ずるだとか、B地点にて何時から何時までの間に下記リストの物品を受領するように命ずると言った細かな命令書が物品の項目数分だけ出ているのを見て、思わず眉間を押さえた。


「正気か?」


「少なくとも事務方は、正気でいられなくなるそうですよ」


「それはそうだろう。ノイローゼになる」


「ですが、他国への情報セキュリティもかなり高いのだとか」


「調べている奴が途中で嫌になるからだろ」


「スパイの類もノイローゼに……」


「呪物か何か混じっているんじゃないのかこれ?」


 そんな会話をしつつもシオンは結構な速度でもって命令書の数々を確認していく。

 その速度はみるみるうちに未チェックのデータの数が減っていくのが分かる程である。


「速いな」


「アイン、こう言う時のコツは何も考えないことです。ただ心を無にして目に映るデータを確認することだけを考えれば、いずれ作業は終わるんです」


 何故こんな量がとか、どうしてこんな命令がなどと考えるから心が疲れてきてしまい、作業を完了させることができなくなるのだとシオンは言う。

 ただ目に映るデータを、そういうものなのだと割り切って、必要なのか不必要なのかだけを判断し、不要そうなものは迷わずゴミ箱へ放り込む。


「俺に事務は無理だな」


「私だってやりたいとは思いませんが……貴族なので、できないと拙いんです」


 領内における最終的な判断は、全て領主が行うことになっている。

 シオンの持つ領地は子爵領であり、それ程広大なものではないが、それでもシオンの所に集められる情報の量は膨大なものだ。

 もちろん、それらを処理するための文官というものを雇ってはいるのだが、最終的な決定権は領主にあるので、余程のことがない限りは結局全てが領主の所に集約される。


「貴族制のよくない所ですね、と……多分見つけました」


 多数のデータをゴミ箱の中へと放り投げていたシオンの指先が止まる。

 モニター上ではカーソルが、一つの命令書を選択し、その内容を表示させていた。


「命令の出所は……超銀河聖皇帝国郡第十三軍団?」


「どうした?」


 怪訝そうに眉根を寄せるシオンにアインが問いかける。


「はい。私の記憶では帝国軍は軍団の団長を円卓の騎士と呼び、一から十二までナンバリングしていたはずなのですが」


「十三は無い、と?」


「はい。都市伝説みたいな感じで、第零軍団があるという噂はあったんですが」


 軍団規模の噂とは、また随分と大きなものだと呆れるアインだが、あるのかないのか分からない第零軍団より、確実に目の前に情報がある第十三軍団の方が今は重要である。


「発令者は第十三軍、軍団長ゼスト・フィニート少佐」


「軍団長って中将以上じゃないとなれないんじゃなかったか?」


「さぁ? 魔王軍って軍団を編成しないのでなんとも……あとこの人、特務機関ブレイバーという組織に所属しているようです」


「あ?」


 たった一言でありながら、アインが発したその声は嫌悪と憎悪が入り混じった代物で、間近で聞かされたシオンは小さく悲鳴を上げて涙目になり、離れた所でそれを耳にしたクロワールは何事か起きたのかと慌てて立ち上がろうとして、座っていた席から転げ落ちたのであった。

面白いなとか、もっと書けなどと思われましたら。


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