彼女ができる魔王さま
貴族子息が市井で平民の娘を見初めて是非妻にと希望したり、貴族令嬢がその身を守ってくれた一兵卒に恋焦がれるといった話は不思議と後を絶たない。
作り話の中であれば、二人の仲を引き裂こうとする数々の難題を潜り抜け、二人は結ばれて幸せに暮らしましたとさ、で終わる話になるのだが、現実というものはそれ程優しくはできていないものである。
「とは言っても無理に引きはがせば何をするか分かったものではない、というのが我々魔族という種族でして」
「威張れた話じゃないんだがなぁ」
胸を張るシオンに突っ込みを入れたアインではあるのだが、自分も含めた魔族という存在がとても厄介な代物であるという自覚はあった。
愛し合う二人が何もかも捨て去って、二人で手に手を取り逃避行、としゃれこむくらいならばまだ可愛いものである。
認めてもらえないというならば自分が当主になってしまえばいい、と考えることくらいはザラに起きており、もう少しそれに行動力と強さが伴うと、国ごとひっくり返してしまえば平民も貴族もあったものではないだろうと考えてクーデターに及ぼうとする者もあまり珍しくはなかった。
「元気な種族だよなぁ」
「元気さだけでどれだけの被害がこれまでに出てきているか分かっていますか?」
呆れるシオンなのだが、実際にそう言った事例を処理しなければならない立場にある者達は文字通り頭を抱えた。
そういったことを取り締まらなければとは思うものの、そういった行為に及んでしまう考えも理解できてしまう。
何せ取り締まっている側もまた魔族なのだ。
自分が同じ立場に置かれたのであれば、ほぼ確実に同じことかそれ以上のことをやってしまったであろうし、何なら今からでも取り締まられる側を後押ししてやってもいいのではないかとすら思ってしまう。
これには魔族の中でも地位のある者達は頭を悩ませ、どうしたものかと考え抜いた先に在った答えがこの騎士爵の任命制度なのだとシオンは言った。
「大体、千数百年前からの慣習だそうです」
騎士爵に実権はない。
世襲制でもないし、その給料は任命した貴族が自腹で支払うことになっている。
家柄としては任命した貴族の家柄に準ずるものとされるこの制度は、平民を家柄だけ貴族として通用するものに引き上げることにより、家の格を理由とした男女間の諸問題を救済するための制度なのだとシオンは言う。
「この制度の対象は任命されるまでの過去を問われません。また記録上では任命された瞬間から騎士爵家初代として記録されます」
「世襲制じゃないのに初代?」
「他に表現のしようもありませんので」
この方法であれば、アインの戸籍を合法的に作成することは可能である。
問題があるとすれば、一旦この制度を利用してしまうと該当する男女のいずれかが死亡しない限りは何があっても必ず婚姻させられてしまうということ。
そしてもう一つは、事情を知らない者から見れば貴族家当主であるシオンがどこの誰とも分からないような輩を自分の婿として選んだことで、その評判なり評価なりを下げてしまいかねないということであった。
「問題ないのか?」
「私としては全く。多少馬鹿にしたり舐めた真似をする者は出るでしょうが、気にしません。むしろその……」
ここでシオンはまた顔を赤らめる。
「状況を盾にして魔王妃にしてくださいと要求しているようで気が引けます」
「大して意味のない称号だとは思うが?」
「そんなことはありません。使い方によっては色々とひっくり返りますよ」
アインは二千年前の存在であるとはいえ、魔族全体から魔王として認められた王であり、さらにそれ以降、死亡も退位もしていない。
そのアインが眠っている間に、他の誰かが魔王として今のサタニエル王国を築くに至ったのではあろうが、正統な王から譲位されるか、もしくはこの王を打ち倒して簒奪したのでない限り、アイン以降の魔王が持つ王権に正統性はないと考えるのが魔族であった。
「好んで波風立てる気はないぞ?」
実際その王国がどうなっているのかについてはこれから知るしかないアインなのだが、綺麗に治まっている国であるならば、今更王位を寄越せと正統性を振りかざして言い出す気はアインにはない。
平和とは退屈であり、退屈は嫌いなアインではあるのだが、自分の好き嫌いのために見ず知らずとは言っても王国の民を不幸にするような真似はしたくはなかった。
「それならそれで構いません。私はこっそりと正統な王妃としての地位を楽しみますから。ですが……」
そこで言い淀んだシオンはその先を言うまで待つ構えのアインに尋ねる。
「私の方はいいとして、私は陛下のお眼鏡にかなっているのでしょうか?」
問われてアインはしげしげとシオンを見る。
見た目はアインにとっては見慣れた配下であるシオンそのものであった。
ただ、アインの知るそれとは多少違いもある。
あのシオンから無骨さを取り除き、筋肉の量を何割か減じさせれば今のシオンの見た目になるのではと思われた。
つまりは減った無骨さや筋肉の分だけ女性らしさが増えた、と評することができ、それはアインにとっては好ましい変化であると言える。
「そうだな。元々その初代シオンを魔王妃にという話がなかったわけじゃない」
「そうなんですか?」
「実現したかどうかは分からないがな。色々と問題もあったし。ただ……」
なんだか妙に気恥ずかしいなと思いつつ、アインは言い淀むこともなく続ける。
「その話、拒否する気もなかった。と言うくらいには好感を持っていた」
この言い方ではまだ不十分だろうかと考えてアインはさらに言う。
「初代とお前を同一視するつもりはないが、外見のみで判断しろと言うならばそういうことになる。加えて俺を俺と知るのは世界広しと言えどもお前だけだろう? その事実だけでもこの身を委ねるに値すると考える」
「陛下……」
「アインでいい。そういう間柄になるのだからな。迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼む」
魔王といえども頼みごとをするのであれば、頭を下げるというのは礼儀であろう。
そう考えて頭を下げたアインにシオンは慌てて立ち上がり、何故か最敬礼を行ってからアインに頭を上げてくれるように頼み込む。
こうしてサタニエル王国辺境ノワール領にて、アイン・ノワール騎士爵が生まれたのであった。
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